笑楽日塾だより 2022年

7月号

2022年7月号より「笑楽日塾だより」はPDFファイルで公開いたします。

6月号

・荒井塾長あいさつ   先生の言葉今の学校では「家庭訪問」はどのように行われているのだろうか。家の前で児童のおうちの場所を確認して終わり? 玄関先で保護者に会って挨拶して終わり? 先生も忙しいから、もう家庭訪問なんてやっていないのだろうか。コロナの時代は接触を避けてオンラインでやっているのでしょうか。私は家庭訪問してくれた先生に深い思い出がある。小学校や中学校では、先生が部落の事をよく知っていて、この家は誰々さんだ、その隣は誰などと分かっていた。それでも新しい担任は家庭訪問して、お茶を飲みながらオヤジと何やら話していた。中学を卒業して村から遠い足利工業高校へ入学した。家から約2時間かかった。家から館林駅まで砂利道を自転車で約50分、駅から足利市駅まで25分、駅から学校まで歩いて30分、雨の日などは2時間以上かかった。そんな田舎まで高校1年の担任だった佐藤先生が4月に家庭訪問に来られた。こんな遠い不便なところまで来てくれたことにびっくり。佐藤先生は2年生までの担任だった。卒業してから疎遠になっていたが、後年インドネシアから一時帰国する度に、先生を囲んで食事をご一緒した。奥様が亡くなられてしばらくしてからお会いした時に先生からお聞きした話をいつも思い出している。

それは「歳をとると世の中で何が一番大切か。それは奥さんだ。奥さんを大事にしろ。先に逝かれると大変だぞ」というお話だった。先生は10年前に亡くなられたが、この言葉を胸にして、愚妻には長生きするように体を動かして貰っている。大事にしすぎて、俺が何でもやると、女房は体を動かさなくなってしまい、弱ってしまう。
これを言い訳にして、朝は40分かけて朝食づくり、夕食づくり(昼は自分でやる)、洗濯、など家事を毎日、昼間はスポーツクラブで泳いで貰って(泳ぎは私よりも数段上)体を鍛えて、木・土曜日は子ども達へ書道を教えて、毎日くたくたになるまで動いて貰っている。寝る前には肩をもんでやる。これぐらいこき使えば、俺よりも先に逝くことはないだろうと思い込んでいる。佐藤先生の言葉を生かして愚妻には長生きして貰いたい。
一学期は家庭訪問の季節だ。今はコロナで直接訪問はしないのだろうな。オンラインでやっているのかな。担任の先生が家へきてくれる。子供の時はそれが恥ずかしくって、先生に挨拶も出来なかったが高校の時の事は良く覚えている。恩師とは本当に有り難いものだ。
コロナ感染が原因で、6月に中央小学校1年生で二クラス、4年生で一クラス学級閉鎖があった。2時間もかけて田舎の村まで家庭訪問してくれた先生は偉いが、今の先生はうるさい親が多い中でもっともっと大変だろうな。本音では家庭訪問なんかしたくないだろうし、時間もないのだろうな。
                       以上 

「報告事項」
1. 笑楽日塾6月Zoomオンライン塾会報告
(1)笑楽日塾20講座振り返り座談会(6月9日木曜日)今夜6月9日(木)は、みんなが練習を繰り返しながらも本番では手元が震えるような緊張感から生まれた20講座を振り返る雑談会を企画しました。
DVDを観ながら、第1回の講師・高木輝雄さんを中心に、講座の核心部分の再現を試みました。
(2)【シニアの日常(笑楽日塾塾生の日常の話題)を語る】
今回は時間がありませんでしたが、次回から「シニアの日常を語る」を定例塾会のメインにしたい。最近、良かった出来事。気になったニュースなどを自由にお話して貰います。
(3)【プロが教える美味しいビールの飲み方】 
・6月10日 Zoom会議で事前準備打合せしました。
・荒川さんがケーブルテレビに登場・6月18日に収録しました。
オープニング(挨拶・自己紹介等)
・今回のテーマ
 #1 ビールの歴史+おいしい飲み方(缶)
 #2 ビールの種類+おいしい飲み方(ビン)
 #3 ビール以外(発泡酒・第3のビール)の違い+おいしい飲み方
 #4 荒川さんお勧めのビールを紹介+おいしい飲み方
 #5 ビールができるまで(理想は工場見学、NGなら写真など)
 #6 その他          以上     

「シニアの風」

「Zoomの未来形」             内田 茂 
 2022年6月現在、Zoomを使ったオンライン活動が活発に行われている。色々な講演会、学校教育、企業内での各種会議、俳句の会、囲碁・将棋の対局・・・等々数え上げればきりがない。
2年前に初めてZoomを使った時には、まさかここまで普及するとは思わなかった。
Zoomは現在まさにオンラインミーティングの標準になったと言っても過言ではない。今後も競合製品が出て来るであろうが、この牙城を突き崩すのは容易な事ではない。
競合製品としてMicrosoft TeamsやGoogle MeetやLINEやWebex(シスコシステム)など20以上あるらしいが残念ながら、どれも一度も使ったことがない。従って評価もできないし、そもそも評価の必要もない。
Zoomの現状はよしとして、Zoomの未来形について考えてみた。未来形といっても遠い未来ではなく今年か来年あたり出て来るかもしれない。出て来るといいな~~といった程度のものです。それはZoomとバーチャルリアリティとの融合というか結合です。
現在の画面はパソコン画面かTV画面ですが、このような画面の代わりにゴーグル型のスコープをかぶりVRの世界へ入ります。スコープをかぶるとミーティングテーブルが見えます。まだ誰もいません。そのうち一人二人と参加者が入ってきます。全員揃ったらミーティング開始です。スコープをかぶっている限りリアルなミーティングと変わりません。しかし参加者はそれぞれの場所、ある人は日本のオフィスで、またある人はアメリカの自宅で、スコープをかぶって参加しています。このようなZoomミーティングでは隣の人と雑談することも出来ます。要はリアルなミーティングとほとんど変わらなくなります。
ミーティングと同様に講演会や学校教育、囲碁・将棋対局などもスコープをかぶったものになるでしょう。そんな世界がすぐそこにせまってきています。そうなると、笑楽日塾でやってきた、オンライン公開講座も様変わりして復活するかもしれませんね。以上私が考えた空想zoomミーティングです。 以上

5月号

・荒井塾長あいさつ
ブーゲンビリアを眺めて平和を祈る
パンジー、梅、さくら、ツツジ、サツキ、カーネーション、菖蒲/あやめ、カキツバタなど冬から春、春から初夏へいろいろな花が新型コロナウイルス感染拡大防止で沈んでいた私の気分を和らげてくれる。5月20日政府がマスク着用の見解を出しました。これで世の中が少し明るくなりそうです。
皆さんはどのような花に思い入れがありますか。私は南国の花ブーゲンビリアです。

この花との出会いはインドネシアでした。長く暮らしたインドネシアの田舎町で、自宅の庭に咲いていました。インドネシアでは一年中咲いています。
20年以上前に4月末の中山道・苗木市で一鉢買って育てました。挿し木して今は21鉢を小さなベランダで育てています。3年前に挿し木した11鉢の内、10鉢が今年初めて花をつけました。南国の花が真冬の寒さに耐えて、今年も咲きました。2ヶ月ぐらい咲いています。
コロナウイルス、ロシア侵攻、知床沈没など気の塞ぐ毎日ですが、花は沈んだ私の心を開いて、気分を明るくしてくれます。ウクライナの花はひまわりだそうです。それが国旗の色にもなっているとか。ロシアの無謀な侵攻が、Putinが倒れてでも何でもいいから一日も早く片付いて欲しいと今日も明るいブーゲンビリアを眺めて平和な世界になることを願っています。

「報告事項」
1. Zoomオンライン塾会
笑楽日塾 5月塾会 5月12日 報告
(1) 笑楽日塾記念誌第5号 編集担当交代について
笑楽日塾記念誌の編集を八木氏が編集されていましたが、
「NPO法人わらび市民ネット10周年誌」を3月に発行する事になり、八木氏がその編集責任者になり冊子編集業務が同時期に輻輳するため第5号の記念誌編集を内田氏へお願いする事になりました。
(2)オンライン講座のリバイバル企画
   みんなが練習を繰り返しながらも本番では手元が震えるような緊張感から生まれた20の講座を振り返る雑談会を開催したいと企画したが、DVDがパソコンで開けなかった。6月塾会でもう一度試してみる事になった。
2. 令和3年度ZOOM総会
4月21日(木)19:30~ 詳細は別紙参照願います。
3. わらびリンゴの木
星塾生からの投稿紹介です。新井邦夫さんが管理する「ふるさと土橋公園」に「わらびリンゴの木」見に行ってきました。青い実が5個成っているのを確認しましたので雨の中、あわててシャッターを切ってきました。ねむの木公園の紫陽花ももう少しです。
土橋公園わらびリンゴ    ねむの木

「シニアの風」
「落語に学ぶ江戸の長屋事情」    星 広行

古典落語の中には江戸の庶民が生活する住居、「長屋」を題材にしたものが沢山あります。
※ 粗忽長屋、三軒長屋、長屋の花見、貧乏長屋、お化け長屋など
噺の中に出てくる「裏長屋」の一般的な間取りは六畳一間のみ。畳を敷いた四畳半と残り一畳半は台所と玄関。トイレは共同。家賃は今のお金で一万円弱だったとか。
お隣との壁は薄く、話し声は両隣に丸聞こえのため、隠し事はできず。(野ざらし・反魂香他)。
お隣の状況が手に取るように分るので、困っている人がいたら直ぐに様子を見に行く(黄金餅)。近所にどんな人が住んでいるのかも分からない現代のコミュニティとは大違い。
引っ越しも頻繁に行われたが、当時は荷物を運ぶ手段が脆弱だったため、家財道具は転居先で「損料屋」といわれるレンタル業者から借りていた(駒長)。
お金に困り夜逃げ同然で引っ越して来たため、家具や衣類等何も持っていないが、見栄だけは張りたい人も(だくだく)。
江戸時代は火災が多発していたこともあり、先ずは逃げて自分の命を守ることを優先したため、家や家財に対しての愛着や執着は薄かったようです。
それでは、おあとがよろしいようで。    完

4月号

・荒井塾長あいさつ
渡良瀬遊水地―昔と今
春先にあちこちで野焼きが行われる。私が育った群馬県東部の板倉町(昔は伊奈良村)は渡良瀬遊水池に近い。3月5日にヨシ焼きが行われ多くの観光客、カメラマンが押しかけた様子がテレビで放送された。
インターネットでは次のように紹介されている。【「ヨシ焼き」とは遊水地の貴重な湿地環境の保全や病害虫駆除を目的に広大な渡良瀬遊水地へ火を入れる一般的には「野焼き」といわれているもので、遊水地ではヨシが多いため「ヨシ焼き」といわれています。あくまでも環境保全や病害虫駆除が目的ですが、春の風物詩としてなっており、広大なヨシ原が燃え上がる様は火の力強さを感じることができ、とても感動的なイベントとなっております。 また、「ヨシ焼き」後は真っ黒く染め上げられた遊水地の大地に緑が芽吹いていく様は、生命の愛おしさを実感し、春の訪れを肌で感じることができます】。

しかし、私にはヨシ焼きを楽しめない子供の頃の辛い思い出がある。霜が降りるようになってヨシが枯れると、ヨシを刈り取りに行くのだ。家から泥の道をおよそ一里、リヤカーを引いて行った。刈り取ったヨシを束ねてリヤカーに積む。冬の冷たい西風(赤城おろし)に向かって、父がリヤカーを引いて、後ろから母と子供が押した。ヨシはヨシズの材料に、カマドの燃料に、茅葺き屋根の材料、西風を除ける垣根などに使う。冬の間、何回もヨシ刈りに行った。
渡良瀬遊水地はもともと谷中村だった。足尾鉱山から流れ出る鉱毒を沈めるため、谷中村を強制廃村にしたのだ。有名な足尾銅山鉱毒事件の天皇直訴後、田中正造は鉱毒・水害対策の名目で遊水池にされる谷中村に移り住んで抵抗した。
遠い昔の思い出に浸りながら世間をみわたすと、先が読めないから不安と焦燥感が増して来る。戦争とBA.2というオミクロンの亜種が急速に広がり始めたからだ。これに北朝鮮のミサイル開発、シーさんの台湾侵攻などが私の気分を重くする。ヨシ焼きが終わって新芽が出てくる時期なのに。
(2022年4月11日 記す)

「報告事項」
今月より笑楽日塾ZOOMオンライン講座が終了したので、塾会を当面行います。
1. Zoomオンライン塾会
① 4月7日(木)
19:30~ Zoom塾会(荒井塾長よりパワーポイントで提案)
テーマ:事業計画案;外へ出る。 ハイキングと歴史探訪を計画
1) 2022年6月~7月 フィールドワーク銀座(担当 荒川さん ライオン)
2) 2022年9月~10月 フィールドワーク蕨(担当 星さん)
3) 2022年11月~12月 フィールドワーク鎌倉(担当 清藤さん)
4) 2023年2月~3月 フィールドワーク横浜開港(担当 ??+荒井)
5) 2023年4月~5月 フィールドワーク行田 古墳群(担当 先崎さん)
6) 2023年5月~6月 フィールドワーク川越(担当 新井斉さん)
そのほか長く続けられるシリーズ物
* 渋澤栄一を知る旅(王子・深谷 2回分)
* 荻野吟子を知る旅(嘉永3年(1850)生まれ 妻沼町・熊谷/映画鑑賞
 日本女子医大)
令和3年度総会について
総会;4月21日(木)19:30~
昨年と同じようにオンラインで行います。
会計監査会 4月7日(木)14時~ 2階ロビー
塾生名簿更新
名簿を更新します。新たに生年月日を追加します
氏名・役職・住所・電話・NTTと携帯電話・メールアドレス
・趣味・専門分野・特技・出身地・生年月日・年齢
特別注意事項について
2. ZOOM公開冊子(第3集その1~2)受渡し、年会費支払日について
4月21日(木)14:00~ シティータワー蕨2Fロビィー。
冊子第3集その1 ¥1,500-
冊子第3集その2 ¥1,500-
笑楽日塾年会費  ¥1,500-
合計       ¥4,500-
3. 令和3年度ZOOM総会
4月21日(木)19:30~ 詳細は別紙参照願います。
4. 笑楽日塾記念冊子第4号受け渡しが終わりました。
3月10日~19日 シティータワー蕨2Fロビィー。
シニアの思いをいっぱい詰めた冊子が出来上がり3月10日~19日に皆様にお渡しする事が出来ました。
3月22日コロナまん延防止等重点措置が解除になりました。
プロ野球、サッカーJリーグも観客の入場制限が無くなりました。これからも
コロナと一緒の日々が続くでしょうが第5号に向けて出かけましょう。

「一味和合」の笑楽日塾塾生集合写真
「一味和合」とは、同じ一つの味をともに味わって、和みあい結束を深めるという意味で、すなわち、自分は自分の茶碗で、他人は他人の茶碗で、別々に茶を呑んでお互い無関係だというのではなく、同じ一つの大きな器でたてた同じ味のお茶を、そこに集まった人々(塾生)が、皆で助け合いながら同じ茶碗から廻し呑みをして、和合を深めて一揆のこころを涵養するということをいいます。

「シニアの風」
「玄奘三蔵の霊骨を金亀山三学院に訪ねる。~何故三学院なのか」 菊地 正浩
約1400年前の669年、中国は西安の南方約20Kmの興教寺に遡る。
昭和17年12月、大日本帝国軍が南京を占領し、稲荷神社建立の為、小高い丘を整地した。その時、土の中から石棺が出てきた。駐屯していた高森部隊長の指揮で専門家に鑑定を依頼したところ、玄武三蔵法師の霊骨と副葬品であることが判明した。これを受け時の中国政府は南京郊外の玄武山頂に五重塔を建設し、昭和19年10月10日、日本からは重光大使(終戦時調印式の外務大臣)が出席した。
この際に台湾と日本に分骨が行われ、同行していた日本仏教会会長倉持秀峰氏(第30世三学院住職)に贈られたのである。
日本へ帰国後、東京の芝増上寺に預けられたが、東京大空襲で危険になったので、一時埼玉県蕨町の三学院金亀舎利塔内にある、水晶の壺の中に安置された。又、仏縁により遠く台湾の景勝地である、台中明譚玄奘寺に対して三学院第30代住職倉持秀峰の分骨を共に奉安されている。そして、昭和25年3月20日、埼玉県岩槻市の慈恩寺へ分骨、日本玄奘三蔵法師霊骨塔に安置された。大雁霊骨塔は13重15mに及ぶ石組みといわれる。毎年5月5日の子供の日には1kmに及ぶ行列のお祭りが開催されている。
●玄奘三蔵法師 天竺への旅
26才の秋、ボロをまとった飢民にまじり、国法を破り長安を離れた。
7世紀はじめ、たった一人で中国からインドへと赴いた。西遊記に出てくる孫悟空、猪八戒、沙悟浄は虚構である。
一年後、パミールを越えアフガニスタン経由インドへ。一年滞在し地理地形、地質、気象等地理学を細かく習得し記録して、山のような経典と仏像を持ち帰り、経典を翻訳した。
同時に、当時のインドの貴重なヒンズー教等の資料も持ち帰った。また、インドのデリー、聖なる大河ガンジス河、ヒマラヤ奥地、インドの秘境、仏教王国ラダック(別名チベット、峠を越えた国という意味)、タラス古戦場、山の国キルギス、天山南、北道、などの貴重な資料を残している。 

3月号

・荒井塾長あいさつ 
節分の頃:私の守り神 雷電神社
皆様も思い出の神社があるでしょう。
子供の頃、私が生まれ育った故郷には大きな神社があった。雷電神社という。この地域は雷が多かった。夏には雷がよく落ちた。8月に稲穂が実り始める頃に、雷が落ちた田んぼは100㎡ぐらいの広さで稲が枯れていた。稲だけでなく、害虫もネズミもいなくなる。その付近は翌年も稲が育たなかった。雷除けのために建立されたものだと聞いていた。
この神社で節分の豆まきが盛大に行われていた。最近はどの神社も日中に豆まきをやっているが、私の田舎では夜だった。

真冬で雪が積もっている道を一キロぐらい時々滑って転びながら、雪明かりの夜道を神社へ向かった。神社では福豆や小さなお餅などが撒かれ、私たちは雪の上に落ちたそれらを拾って家へ帰った。なんてことはないが、子供には何かいいことがありそうな節分だった。
故郷を出てから、この神社がかなり有名な神社だと知った。お正月、4月1日、5月1~3日にはお神楽が出て賑やかだった。
【古くから雷の被害が多い土地であり、また暴れ川で度々流路を変えた渡良瀬川と利根川との間にあって度々火災や水害に見舞われたが、延宝2年(1674年)、当地を治めていた館林藩の藩主であった徳川綱吉が本社社殿を再建し(社殿に徳川家の三ツ葉葵の紋章を使うことを許された)、後に彼が長じて徳川幕府の第5代将軍となるに及んで、次第に繁栄するようになった。現在の本社社殿は天保6年(1835年)、奥社社殿は慶応4年(1868年)の造営である。本社社殿には左甚五郎から10代目の石原常八の作とされる彫刻が廻らされている】。
退職して、14年前に小学校でボランティアを初めた頃、節分に、子ども達から和楽備神社へ行うと誘われた。子ども達は下校時間が待ちきれないようだった。沢山のお菓子が撒かれ、子ども達にはそれを拾うのが楽しみなのだった。神社には子供や大人が大勢いて、その中を、金棒を持った青鬼、赤鬼が逃げ回っていた。コロナがなければ、今年も楽しい節分だったろうに。2月に中央小、中央東小、南小、一中などで学級閉鎖が起きるなんて想定外でした。     完

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを
開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 3月10日(木)
19:30~ Zoomオンライン講座本番(清藤 孝氏)
テーマ:「頼朝と義経 その栄光と確執」

「シニアの風」
「歴史の「乱」」  清藤 孝   
日本の歴史上に「乱」として刻まれる、飛鳥時代(592-710)から室町時代(1336-1573)までの主な「乱」を列記するならば
① 壬申の乱(西暦672)
② 平将門の乱(935)
③ 平忠常の乱(1028)
④ 保元の乱(1156)
⑤ 平治の乱(1159)
⑥ 治承・寿永の乱(源平合戦-1180)
⑦ 承久の乱(1221)
⑧ 応仁の乱(1467)が挙げられる。
① の「壬申の乱」は、天智天皇(中大兄皇子)が崩御され、その皇子「大友皇子」と天智天皇の弟の大海人皇子との皇位継承の争いが始まり、大海人皇子が勝利し、天武天皇への誕生の物語。
② の「平将門の乱」は、「新皇」を名乗り上げた将門討伐物語で、朝廷から派遣され朱雀天皇の勅命を賜った「寛朝大僧正」の祈祷により討伐成功と成田山新勝寺創建の物語でもあります。
③ の「平忠常の乱」は上総・下総を我物とし安房をも傘下に治め、朝廷への年貢納め拒否をし続け、それをまた、朝廷から派遣され鎮圧した「源頼義」の「鎌倉」を本拠とした物語。頼義は戦勝の記念として、京の石清水八幡宮の八幡神を勧請し「由比八幡宮」を建立。後に源頼朝は北山の地に「鶴岡八幡宮」として遷宮した。
④ の「保元の乱」は、天皇家の皇位継承の争いから、軍事貴族の平氏の総帥平清盛と源氏の棟梁源義朝が「後白河天皇」に協力し、「崇徳上皇」を皇位の継承から外し讃岐に流罪としてしまう事件。この時点から、政治の世界に「武士の世」が抬頭してくるのです。
⑤ の「平治の乱」は力を付けた「清盛」と「義朝」が「後白河上皇」と「二条天皇」を拝戴する争いです。そこへ藤原摂関家の内紛も絡み合い、結果は「平清盛」の天下を創出し、「源義朝」は敗死。源氏の棟梁を継いだ「源頼朝」は伊豆蛭ヶ小島へ20年間の流人生活となる物語。
⑥ の「治承・寿永の乱(源平合戦)」は、言わずもがなの「源頼朝」が「平氏」を圧倒し壊滅に追い込んでしまい、日本で初めての「武家政権」を確立した物語。
⑦ の「承久の乱」は「源実朝」が暗殺され、頼朝から数えて30年間の源氏将軍は途絶え、このチャンスを朝廷の「後鳥羽上皇」は政権を取り戻すべく戦いを鎌倉幕府に仕掛ける。結果は「北条義時」が率いる鎌倉幕府の勝利となり、時の「後鳥羽上皇」を隠岐の島、「順徳上皇」を佐渡、「土御門上皇」は阿波へと追放する日本で初めての武士が天皇家に逆らった「乱」である。
⑧ の「応仁の乱」は、足利義政・日野富子の政治を取り仕切る、細川家と山名家が争う物語。この時、武蔵国は「享徳の乱」の真っ最中で、これを鎮めるため京から「足利政知」の補佐役として「渋川義鏡」が関東探題として下向してきた。そして、太田道灌とも歌詠みの世界で繋がり連携し活躍していくのです。その時に臣従してきた家臣団の子孫が現在の「蕨市」の基礎を創って行くのです。     
以上、飛鳥時代から室町時代までの「歴史の乱」の概略を書きましたが、その一項目毎の歴史物語が歴史学者の先生や作家の先生方に書かれています。それぞれの先生方により、切り口が違うところが、また、興味を誘うところです。まだまだ、日本の歴史にはこれからもチャレンジし自分なりの歴史観を蕨市の歴史と照らし合わせ、知識を養っていこうと考えています。 完
次の絵は順番に➃の保元の乱、⑤の平治の乱、⑦の承久の乱を示す。

2月号

・荒井塾長あいさつ 
【年神様を送る~お正月の終わり】
ふるさとの冬の行事はお正月の終わりを告げる「どんど焼き」だった。子ども達が注連縄や松飾りを各戸から集めて、稲刈りの終わった田んぼに、大きな笹竹で櫓を組んで、それに注連縄や松飾りを高く積み上げていく。夕方暗くなってから、部落の人たちが集まってくる。頃合いを見計らって、長老が火を点ける。竹の笹が激しく燃え上がり、みんなの顔を明るく照らす。太い竹が熱でパンパンと割れながら積み上げた注連縄や松飾りと一緒に燃えてゆく。燃え終わったおき火で、無病息災を願い、餅を焼いて食べる。この餅を食べると風邪を引かないと聞いていた。
この行事は平安時代に、小正月に当たる一月15日宮中で行われた「左義長」にルーツを持つらしい。豊作を祈り、災いから身を守る願いが込められ、書き初めの失敗作を燃やすと、字が上達するとのご利益もあると聞く。今もこの行事が故郷で行われているのか分からないが、若しも、今年だったら、多くの人が炎に祈るのは、やはり新型コロナの一刻も早い収束だろう。年神様を見送る、また近所の方と積極的に交流するという意味でも、近くのどんど焼きに参加してみたいが、蕨、戸田、川口近辺では無理だろうな。
 どんど焼きが終わると早咲きの梅のつぼみが膨らみ、次は節分が待ち遠しかった。寒い北風の吹く中で、春を待つ子供時代を懐かしむ老人がいます。コロナよ 早く飛んで行け!   完

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 2月10日(木)
19:15~ 塾会 笑楽日塾冊子第4号冊子進捗報告(八木 守氏)笑楽日塾冊子第4号お試し版について(荒井 貞夫塾長)19:30~ 講座 本番(岩田 好廣氏)
テーマ:「加速する温暖化」
② 2月24日(木)
19:30~ Zoomオンライン講座テスト(清藤 孝氏)テーマ:「頼朝と義経 その栄光と確執」

「シニアの風」
「わらびの散歩」南 英倫
蕨市のサイトでウォーキングマップを見つけました。
ウォーキングマップ|蕨市公式ウェブサイト (city.warabi.saitama.jp)
中央二丁目に住んでいるので、たまにはと北町エリアを歩いてみました。マップの「彫刻のある通り」が気になり行ってみました。市民病院の裏側の通りで、可愛い彫刻がポツポツと置かれています。楽園と書かれたマナティみたいなモニュメントがありましたが、無残にもペンキがかけられていました。軽い遊びでかけたのでしょうか? みんなのものを平気で汚す心が寂しそうで可哀想にさえ思えます。やっぱり爺になったのかなぁ・・・
田中毅さんの作品に癒やされます。西小学校近くの春日公園にも田中毅さんのモニュメント「平和を愛して」があるそうです。この案内に沿って散策してみます
彫刻放浪:蕨市(1) - かけらを集める(仮)。 (hatenablog.com)       
もう一つの話題は、大荒田交通公園で見かけた蒸気機関車です。以前見たときは凜々しかったのですが、10月中旬に訪れたとき、草が繁り、水タンク辺りのサビが悲しくなり、蕨のFacebookに写真を投稿してしまいました。暫くしたら、草むしり実施が掲載されたので、端っこでお手伝い。 
天気に恵まれ爽やかな一日でした。会員の皆さんが錆を仮補修とお化粧を施され、綺麗になりました。本格清掃・塗装ができたらいいですね。

1月号

・荒井塾長あいさつ
【ウイズコロナで頑張ろう】
皆様、明けましておめでとうございます。
お正月はいつも気が引き締まる。元日、暗い内に和楽備神社へ初詣し、新しい年に誓いを述べる。私は神様にお願いするのではなく、神前で誓うのだ。しかし、お祈りもする、今年は2年間続いたコロナ禍が一区切りついて、落ち着いた生活が始まるようにと祈った。

昨年は新型コロナウイルスにかき回された1年でした。ウイルスはもう3年目に入っても姿をかえて暴れています。ワクチンを2回打って安心していましたが、ワクチンは時間の経過と共に効果が下がってしまうことが分かってきました。2021年11月24日には新たなウイルスであるオミクロンが南アフリカで発生し、1ヶ月の内に世界中に拡散しました。感染力がデルタ株よりも遙かに強いようです。
持続性の高い次世代ワクチンが開発されるまで、これから何度も打ち続けるのでしょうか。
私は2回目の接種が昨年6月15日でしたから、3回目は2月頃になると思います。心配なのはそれまでワクチンの効き目が残っているかという事です。
英国、仏、伊、米などの昨年末の感染激増を見ていると、昨年2回打ったワクチンが効かなくなってきているように感じます。イスラエルでは1月から、高齢者に4回目の接種を始めたそうです。
With Coronaといわれますが、当初考えられた集団免疫は新型コロナには通用しないようです。このウイルスは人類が地球にいる限り生き続けるでしょう。上手く共存する方法を学んで暮らすしかないのでしょうか。風邪薬のように扱いやすく確かな効き目がある抗ウイルス薬を早く手に入れたいです。
塾生の皆さんも高齢者が多いので、基本(3密回避・手洗い・うがい)を守って生き延びましょう。3月には長く開催してきたオンライン講座が終了します。コロナ禍の中での4月以降の活動について塾生の皆さんと相談したい思います。ウイズコロナで何をやれるか?
コロナを経験して、私たちは自分自身と大切な人たちを守るためにどのように行動すれば良いか考えるようになってきました。やりたいことは諦めず、やれることは慌てずにWith Coronaで頑張ろう!     完

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを
開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。

1. Zoomオンライン講座練習&塾会
①  1月6日(木)19:30~ Zoom
オンライン講座練習(菊地正浩塾生)&新年顔合わせ

◆塾生の皆さんと新年顔合わせをZoomで行いました。荒井塾長の今年目標のお話と塾長交代についての提案がありましたので報告します。※荒井塾長2022年「今年の目標」が紹介されました。

➀  塾長任期についての提案
荒井塾長から塾長交代について以下の提案がありました。 「笑楽日塾が塾生の努力により5年目に入ります。任期1年間で4期塾長を務めさせて頂きましたが、これは塾生の皆様のご協力のお陰です。5期目からどなたか「俺がやるよ」と手を挙げていただきたい。みんなが協力するので誰でもOKです」と提案がありました。これに対して、塾生から「これからも引き続きやっていただきたい」との声が多くありました。 (正式には4月の令和3年度総会で決定します)
② 1月13日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(菊地 正浩塾生本番)
テーマ:「和紙の里 探訪記」
③ 1月27日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(岩田 好廣氏テスト)
本番:2月10日(木)テーマ:「地球温暖化とはなにか」

「シニアの風」
「喉トレ、脳トレ」      高木輝雄

アエイウエオアオ  オアオエウイエア  
カケキクケコカコ  コカコケクキケカ
丹田に力を込めて
サセシス・・・・  ソサソセ・・・・  ・・・・・・・・

更に濁音の
ガゲギグゲゴガゴ  ゴガゴゲグギゲガ  
ザゼジズゼゾザゾ  ゾザゾゼズジゼザ
・・・・・・・・

この先さらに鼻濁音の
ンガ、ンゲ、ンギ、ング、ンゲ、ンゴ、ンガ、ンゴ
ンゴ、ンガ、ンゴ、ンゲ、ング、ンギ、ンゲ、ンガ。

以上がボイストレーニングの教材ですが、可能な限り暗記しながら行えば、喉トレ、脳トレに
役立ちます。

注)鼻濁音:「が、ぎ、ぐ、げ、ご」のガ行の音を「んが、んぎ、んぐ、んげ、んご」という
ふうに、鼻の方へ抜いた発声法。

(参考資料) http://www.j-trc・org/ja/welcome
認知症予防薬の開発をめざすインターネット登録研究
  完

笑楽日塾だより 2021年

12月号

・荒井塾長あいさつ 
【年の暮れに故郷を思う】
私が育った所は、群馬県の東部で栃木、埼玉、茨城が重なるような田舎で、今頃の季節は西に赤城山、浅間山、北に男体山が真っ白に雪化粧した姿がよく見えた。赤城おろしという強い、冷たい西風が吹いて、とにかく寒かった。手や指にはアカギレができて痛かった。
実家は貧しい農家で、冬には稲藁で縄を編み、俵をこしらえた。俵の上下に米がこぼれないように稲藁で編んだ丸い蓋をする。これをサンダラという。米は一俵に4斗(60kg)入れる。重いので、編み目をきつく、丈夫に編まねばならない。また、むしろも編んだ。冬の間は藁仕事が大きなウエイトを占めていた。

藁仕事のもう一つがお正月のしめ縄飾りだ。農家では神棚以外にも、井戸端、便所、納屋、牛小屋、鶏小屋にも神様がおられるので、注連縄を飾った。しめ縄に使う藁は、むしろや俵に使う藁と違って、少し緑がかった柔らかい色合いで、これは、稲刈りをした後の稲束の干し方を少し変えて、日陰に干しておく。
しめ縄を作るときは、両手のひらで稲藁を拠りながら細い縄を編む。麻縄を使う事もある。それから稲藁を三つの束にして、一つの束(藁を15本くらい)を右に拠って、それを2本合わせて、左にねじりながら二つ編みで編み上げてゆく。更に一本巻き付けて3本にして巻き上げてゆく。簡単なようで上手く形を作るのは難しい。
12月に入って、実家へ行った。柚がなっていた。柚の実は小ぶりだが、香りはすがすがしい。ミカンもあった。昔は、この地域でミカンは育たなかったが、これは地球温暖化のお陰?と言えるのか。

昔、家のそばには大きな沼(板倉沼)があって冬には、進駐軍が白鳥を撃ちに来ていた。撃たれた白鳥は進駐軍兵士が肩からぶら下げても、地面に白鳥の足がついていた。昭和27年頃(中学1~2)で、兵士に話しかけた事を覚えている。昭和50年代に、沼は渡良瀬川の浚渫泥を運んで埋め立ててしまい、工業団地になっている。私は板倉町や群馬県庁の最大の自然破壊、愚策だったと主張している。夏には大輪の蓮の花が咲いていたのに。失われた自然は戻らない。
先日、NHKが隣町の館林にある多々良沼に今年も白鳥がやってきたと報じていた。
12月15日実家の近くにある板倉ゴルフ場へ行った。コース内の池や川には沢山の鴨や白サギがいた。
故郷では実家に弟が住み、近くには姉(92歳)や妹も住んでいる。妹夫婦はシクラメンやポインセチアを栽培している。米もかなり作っているが、米だけでは暮らしが楽ではないそうだ。
昨年はコロナ騒ぎでお正月に兄弟姉妹が集まれなかったが、今年はコロナも激減してきたので、オミクロンは心配だが、1月2日に実家で会うことにした。貧しかった頃の冬を懐かしがりながら、正月のひとときを過ごしたい。
 コロナの終わりが見えまませんが、2020オリパラやMLB大谷の活躍、ゴルフなどいい思い出がいっぱいあった年でした。
塾生の皆さん、どうか良いお年をお迎え下さい。来年、令和4年もどうかよろしくお願い申し上げます。

「報告事項」

今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 12月9日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(荒井 貞夫塾長本番)
テーマ:「新幹線電車発祥の地はどこですか」
講演要旨
「57年前にいきなり時速210kmを実現して、世界をアッと言わせた夢の超特急・新幹線電車の発祥の地は何処か、
新幹線電車が作られた工場は何処にあったのか、
新幹線電車の工場は、何故その場所だったのか。
新幹線の開発者・十河信二国鉄総裁と島技師長はなぜ開業式に出席出来なかったのか」など隠れたエピソードをご紹介いたします。

② 12月23日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(菊地 正浩塾生テスト)
テーマ:「和紙の里 探訪記」

 

「シニアの風」
「マンション管理について」
新井 斉 
 先般、私の顧問先のマンション管理組合の理事長(30代後半)から「新井さん、後継者を育てていますか?18戸の弱小マンションなのです。30年の長期修繕計画も大事ですが、10年先が心配です。貴方の後を引き継ぐ方がいるのですか?・・・」と言われました。其処で同マンションの通常総会議案書の末尾には、以下の報告を記述することになりました。
1)大規模修繕工事の実施について報告
大規模修繕工事費予算については、長期修繕計画では令和3年度に実施計画としていましたが・・・略・・・今後は計画進捗に伴いその都度、一般区分所有者には情報を開示していきますので、ご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
*外部理事(顧問マンション管理士)の後継者について
当マンション管理組合は、規約第36条第2項(役員)の定めに基づき、総会にて「新井顧問マンション管理士」に外部理事として管理組合の運営に関与しています。今般、長期修繕計画から当マンションは大規模修繕工事等の実施を計画しており、組合員の皆様には、より一層のご支援、ご協力、ご意見をいただくことになります。此れらの事業の遂行が当マンション管理組合にとっては大きな節目になります。現在、管理組合(区分所有者)としては引き続き当マンションの運営と事業継続を課せられております。特に建物の高齢化、区分所有者の高齢化の「二つの老い」による管理組合の適切な管理運営は年々厳しくなると想定され、今後も専門家の支援、助言は必要とされます。依って、管理組合としては「新井顧問マンション管理士」へ後継者への事業の停滞なきように事業継続の方策、方針を鑑みて管理運営の継承を要望しています。】
マンション管理士の業務の定めはマンション管理適正法の第二条第五号に、「名称を用いて、専門的知識をもって、管理組合の運営その他マンションの管理に関し、管理組合の管理者又はマンションの区分所有者等の相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業務とする者をいう」と定義されていますす。此れはマンション管理士には名称独占の資格は与えているが、業務独占の優位性は与えてはいないのです。即ちマンション管理士業とは「絶対的な信頼関係の基盤の上に成り立っている」と言っても過言ではない業務とも言えます。
マンション管理士の業務に人的な継続性は希薄に成りがちで、顧問先のマンション管理組合に其の業務をセフティゾーン内で指名した後継者にバトンタッチをする事は難しいと困惑しています。また独占業務が担保されている業種ではありません。故にその業務契約は、一般法人・NPO法人・連合体(グループ)・個人事務所と受託形態は様々です。然し組織としてマンション管理組合と業務を受託契約しているケースは少なく、実状は、個人の品格、品位、資質、力量、信頼性、その他等に委ねられて受託契約を締結している割合が一般的と言っても良いでしょう。マンション管理士だけでは有りませんが兎角、専門的有資格者には「お山の大将」的な自意識の強い方が多いと感じられます。その事は、私自身も同様であると自覚しています。更に私が知るマンション管理士の仲間を見ると、その方が経験してきた業界の特異性はあまり関係無く、経験した職域、職責、が色濃く滲み出てくるように感じます。(笑)
私の父は大工で戦前の丁稚奉公から一人前となり独り立ちした職人ですが、職人気質と言われている偏屈な頑固親父では無く。「男子厨房に入る。妻を愛でて大事にする。妻の言う事(我儘)を優先する。朝夕の食事はうまからずとも褒めて食うべし。」と広言する一見捌けている風な性格です。然し此れを隠れ蓑に私が子供の頃は、大宮~川口~池袋~韓国~台湾~と遊遊散歩していました。我が家は裕福ではありませんでしたが、貧しくも無く、何方かというと良い暮らしをしていたと子供心には映りました。確かに父は他人様の数倍も働き稼いだ事は間違いありませんが、あの仕事と遊びに掛けるバイタリティーは足元にも及びません。そしてそれらを全て受け止めた母も凄い女でした。そんな家庭環境に育った私には、マンション管理士の仲間を見ると歯痒い思いがします。
「新井は建築士の資格を優位に業務受注している。管理組合に媚びている。マンション管理士の業務を商売としか考えていない。」その他諸々と言われます。然しその様な事を言う人ほど「棚から牡丹餅」を考えていながら、何らの準備も周到な計画して用意もしていません。棚から落ちてきた牡丹餅を受ける手段も無く、棚から牡丹餅を落とす工夫もしていないのです。又、その方達は此方から業務の手伝いを依頼すると「経験したことが無いから難しい」と言うのです。「何時?経験するの」と思いますが、一寸躊躇してしまいます。旧連合艦隊司令長官、山本五十六の名言が過ります。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、誉めてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」としても社会の経験を積んだマンション管理士の仲間に掛ける言葉が見つからない日々です。   拝

11月号

・荒井塾長あいさつ 
【真鍋博士ノーベル賞受賞と笑楽日塾での学び】
日本では、近年、大きな水害が毎年発生する、毎年やってくる台風が大型化している、地球上で山火事や大干ばつが起きているこれらの現実をみていると、その原因は何か、それは温暖化が原因だと言われてきました。私は白状しますと、「地球温暖化の原因が二酸化炭素である。だからこれを削減しなければならない」という事が理解出来ませんでした。笑楽日塾では、2年前から、地球環境改善やSDGsの勉強を始めました。ちょうど今から2年前に埼玉県環境アドバイザーの前田則義様にご講演頂きました。
前田様には今年9月9日にも、このオンライン講座で「環境にやさしい緑のカーテン」という地球温暖化への庶民サイドの取り組みについて講演して頂きました。この様子は10月1日から7日まで蕨ケーブルビジョン株式会社がWink特別番組で放送して下さいましたので、多くの市民が視聴されたことと存じます。

そのような事があって、私も地球温暖化へ理解が少し進んでいたところです。そして2021年10月5日真鍋博士のノーベル賞受賞が発表され、日本中が湧きました。地球温暖化研究が認められたのです。気温、気圧、風向きなど大気中の複雑な現象を物理法則に基づいて数式で示し、コンピューターで計算する方法を編み出されました。二酸化炭素などが温暖化を引き起す事を否定する科学者や大統領(パリ協定から脱退した)もいましたが。真鍋博士へのノーベル賞が発表され、私たち笑楽日塾が地道に取り組んできた勉強会は無駄ではなかった、真鍋博士の研究成果を新聞で読んで、私も少し勉強しておいて良かったと思いました。真鍋さんは「二酸化炭素の濃度が2倍になれば、地表付近の温度が2℃以上上がる」とする論文を1967年に発表しました。54年前でした。「太陽から届くエネルギーと地球からの放出のバランスを計算すると、地上の温度はマイナス18度℃となる。我々が暮らせるのは温暖化効果ガスのおかげだ。大気が熱の放出を防ぐことで、地球全体の気温が上がる、それが温室効果」。地球は太陽の熱を受けて温められる一方、たまった熱は赤外線として宇宙に放出される」。そのような理屈も理解出来るようになりました。温暖化対策の世界ルール「パリ協定(COP25)」は産業革命前からの気温上昇を1.5℃に押さえる努力目標を掲げ、2020年から本格的に始動しました。2050年までに温室効果ガス(二酸化炭素・メタンガス・フロンガス)を実質ゼロにしなければならないと言う事が私にもようやく分かってきました。   以上 

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 11月11日(木)20:30~ Zoomオンライン講座(岩田 好廣氏本番)
テーマ:「日本人だから知っておきたい箸のマナー」               
一般社団法人アドバンスト・ビジネス協会・常務理事・事務局長/岩田好廣さんが、私たちが毎日使っている箸について、世界の三大食事方法、箸の歴史や、箸のマナー16のタブー集など私たちが知らない世界を紹介してくださいました。

② 11月25日(木)20:30~ Zoomオンライン講座(荒井 貞夫塾長テスト)
テーマ:「新幹線電車発祥の地はどこですか」
【本番:12月9日】
講演要旨
「57年前にいきなり時速210kmを実現して、世界をアッと言わせた夢の超特急・新幹線電車の発祥の地は何処か、
新幹線電車が作られた工場は何処にあったのか、
新幹線電車の工場は、何故その場所だったのか。
新幹線の開発者・十河信二国鉄総裁と島技師長はなぜ開業式に出席出来なかったのか」など隠れたエピソードをご紹介いたします。

「シニアの風」
「四谷界隈散策 ~都会のスリバチ(谷)を歩く~」       先崎 隆
東京の山の手と呼ばれるエリアは、なだらかな台地と、台地をえぐり取ったような窪地(谷)から成っている。その特徴のある谷を「スリバチ」と名付けて研究している団体「東京スリバチ学会」がある。「山の手」は、武蔵野台地の東端部に立地し、一見平坦な土地に、湧水や河川がつくった窪地や谷間など高低差の大きい地形が複雑に作り出されている。私は40年近く勤務した文京区には、実に多くの坂があった。台地には、大きな幹線道路が通り、江戸時代には大名屋敷があり、窪地には町人が住んでいた。私の好きな大名庭園(六義園・小石川後楽園・細川庭園)は神田上水や湧水を利用して池泉回遊式の庭園が作庭された。典型的なスリバチ状の地形が楽しめる「荒木町」をのんびりと秋の一日、街歩きをすることにした。荒木町は、甲州街道や外苑東通り、津の守坂通りなどに囲まれた谷地で江戸時代には美濃国高須藩主松平摂津守の上屋敷があった場所だ。丸ノ内線四谷三丁目駅を降りると甲州街道に出る。谷に向かって一歩中に入ると飲食店が立ち並ぶ商店街、丁度お昼時なのでサラリーマンの昼食タイムでありかなり賑わっていた。
江戸時代には屋敷の北側、紅葉川の支流と湧水を堰き止めた大きな池を谷底に配した池泉回遊式の庭園が造営された。明治になると庭園は一般に開放され、風光明媚な観光地として一躍人気となった。やがて料亭や待合が軒を連ねる花街として賑わい、水量が減った「策の池」(池は鷹狩りに訪れた徳川家康が馬の策(ムチ)を洗ったことから「策の池」と名付けられたと伝わっている)は徐々に埋め立てられ料亭などが建築された。花街がなくなった現在、料亭跡地はマンションや飲食店が入居するビルへと変貌した。
迷路のような階段を谷底に向かって歩いて行くと小さな池に遭遇・・・。池の周辺にはかつての料亭など花街風情が残る入り組んだ大小の路地があるなど、谷底から高台へと高低差を実感した。池には「津の守弁財天」の祠があり、側のベンチで手持ちのおやつを味わいながら、スリバチの景色を充分満喫した。江戸・東京には数多くの「谷」という名前の地域がある。当然谷があれば高台もある。谷のまち渋谷もスリバチになっている。特に渋谷で面白いのは周辺に神山町、南平台町、桜丘町、鉢山町などの高所を現す山、丘という地名があり、一方で宇田川町、鶯谷町、富ヶ谷などの低地の地名もあるなど、それ等が様々に混在し、実に興味深いものになっている。これからも「スリバチ」を求めて街歩きをしたいと思う。      完

10月号

・荒井塾長あいさつ
「アメリカの大谷と日本の白鵬」
10月4日(月)朝5時のNHKラジオニュース。メジャーリーグ/大谷(27歳)の最後の試合、一番で先頭打者ホームランで46号、100打点を達成した。投手で9勝2敗。ベーブルースの記録を超えるか期待されていた。評論家は松井とイチローを足した価値ある選手と伝えた。
ほぼ毎日、NHK/BSでエンゼルスの試合、大谷の打席、投球を楽しみにしていた愚妻は明日からテレビの楽しみが一つなくなると残念がっていた。23歳の大谷を大リーグへ送り出した日本ハムの栗山監督の決断があって、大谷はアメリカ中の野球フアンを熱狂させる大活躍をした。私は大谷が活躍するアメリカの懐の深さを感じる。外国人でも実力のある選手に温かい拍手で応援する。大谷とホームランを競ったペレス(ロイヤルズ31歳)はベネゼエラ出身、ゲレロジュニア(ブルージェイズ22歳)はカナダ生まれ。ドミニカ育ちだ。
大谷はメジャー4年目の今季、初めてシーズンを通して「二刀流」でプレーし、投手としては23試合に先発して130回1/3を投げ、9勝2敗、防御率3.18、156奪三振、打者としては155試合に出場して打率.257、46本塁打、100打点、26盗塁、OPS.965をマーク。個人タイトルは獲得できなかったものの、「2021年シーズンは大谷の年」と言われるほどの強烈なインパクトを残し、ア・リーグのMVP争いでも受賞間違いなしとみられている。
一方で横綱・白鵬の引退後の処遇に対する日本人の心の狭さを感じる。白鵬の活躍に日本相撲協会は救われてきた。力士の大麻所持、賭博八百長などスキャンダルが多かったが、白鵬の活躍が大相撲フアンをつなぎ止めてきた。14年の横綱在位中42回の優勝を果たした。
白鵬は15歳で日本に来たとき痩せていて、入門先がなかったそうで、諦めて帰国の航空券を買った矢先モンゴル出身の力士が宮城野部屋に話をつけてくれたという。
優勝45回、幕内一千勝の白鵬(35歳)が現役引退と年寄「間垣」を襲名した。これを9月30日に日本相撲協会が承認した。理事会は「与えられた業務を誠実に行う事」や「相撲道の精神から逸脱した言動をしないと約束すること」を条件に襲名を認めた。誓約書を書かせたというのだ。
白鵬は強さを誇った土俵の上だけでなく、俵の外でもその存在感は際立っていた。その一つが東日本大震災(2011年3月11日)への支援だった。相撲界の先頭に立って復興支援を引っ張った。(3月11日は白鵬の誕生日)
その白鵬に相撲協会は冷たいと感じたのは私だけだろうか。アメリカ国民の大谷選手への熱狂的な応援と歴史ある相撲協会の白鵬への対応にちぐはぐな感情を抱いた10月だった。強く、礼儀正しい人にはこれからも応援したい。  以上

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
Zoomオンライン講座&塾会
① 10月14日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(吉田 喜義氏本番)
テーマ:「海外コンサルタント生活タイ、カンボジア編」
② 10月28日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(岩田 好廣氏テスト)
テーマ:「日本人だから知っておきたい箸のマナー」
一般社団法人アドバンスト・ビジネス創造協会・常務理事・事務局長/岩田好廣さんが、私たちが毎日使っている箸について、世界の三大食事方法、箸の歴史や、箸のマナー16のタブー集など私たちが知らない世界を紹介してくださいます。

「シニアの風」
(順番制で行います。11月「シニアの風」投稿は 先崎 隆塾生です)
「こどものころの風と今」   八木 守
笑楽日塾「シニアの風」コラムも設立から塾生の皆様と輪番で投稿して来ましたが、
もう何回投稿したでしょうか。そんな中、私の好きな画家のことを思い出しました。「内田 新哉」氏。水彩を用いた叙情的な風景画を得意とし、麦わら  帽子と自転車を好んで絵モチーフとしています。だいぶ昔(2000年頃)ですが一度、青山で個展 が開かれていたので、原画を見たくて行きました。美しい画風と淡い色彩には、とても感動をしました。本人と直接会って、会話もしましたが若い、やさしそうな画家で1960年生まれ。今回、何故、内田画家をコラムに取り上げたかと言うと、内田氏の2004年のSNSで、「こどものころの風」と言うタイトルで投稿されていたのを思い出したからです。「こども<シニア」の風が何故か、重なり合った  からでそのメッセージの中で「子どもの頃にであったキラキラ、ドキドキした気持ち、すごくなくてもいいから、不器用でもいいから、うそやずるのないあの頃の風を思い出して欲しいと思います。僕自身も・・・」と投稿されていて、納得。
私の中の「子どもの頃」とは小学校時代。何をしていたのか? のほほんとした、のんびりした性格の長男坊だった。亡くなった親父がカメラ好きで、セピア色がかったモノクロ写真が沢山あり、自分でも忘れている御幼少?の姿や風景が懐かしくもあり、あらためて自分の顔をカガミで見てみると、歳をとった苦笑いをしている変なオヤジがいた。
「オレって老人?」せめて「オジサン」。「人は見た目が9割」。決して「変なオジサン」
「汚いオジサン」にならないように衣服、見えない下着は高価でなくても常に清潔で上質なものを。髪、爪、身体も清潔に心がけよう。若い頃は、紅顔の美少年?だったのだから・・・ 
「すごくなくてもいいから、不器用でもいいから、うそやずるのない」永遠のシニアの想いでした。
   完
「内田新哉」氏の作品はこちらでご覧いただけます。

9月号

・荒井塾長あいさつ 
本番での緊張
私は、毎朝、散歩から帰り、7時半からNHKの連続テレビ小説「おかえりモネ」を、朝食を食べながら観ています。
これは脚本家・安達奈緒子さんによるオリジナル作品。宮城県気仙沼生まれのヒロインが、同県の登米で青春を過ごす中で、気象予報士の資格を取り上京。民間の気象会社に就職し、天気予報にまつわるさまざまな経験を積み、そこで得た経験をもとに故郷に戻って、人々に貢献する物語です。8月の或る日、モネがテレビ初出演する場面がありました。同じ日にモネと同じく天気予報キャスターとしてデビューする莉子がいました。モネはテレビ会社の屋上で、緊張しながら何回も練習を繰り返し、いざ本番では無事にこなしました。この様子をモネの故郷の亀島の人たちはテレビの前に集まって見ていました。一方、主役抜擢の莉子は慣れない本番で躓いてしまいました。私は、昨年8月から始まったオンライン講座で、講演していただいた皆様も同じように緊張されたのではないかと思いました。私は毎回の挨拶、笑楽日塾の紹介を担当しますが、本番では緊張します。特に自分が担当した講座の時は30秒前、10秒前と内田さんの声が聞こえると私の緊張は最大に達しました。落ち着け!と心で言いながら、パワポの画面としゃべくりの内容が食い違ったりして慌てました。ニュースキャスターでも上がるんだ(緊張するんだ)とわかって、その後の挨拶は少し落ち着いてやれるようになりました。皆さんは如何だったでしょうか。オンライン公開講座はまだまだ続きます。   以上

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 9月9日 (木)19:30~ Zoomオンライン講座(前田 則義氏氏本番)
テーマ:「環境にやさしい緑のカーテン」
② 9月23日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 
・オンライン講座記念特集第2集の発行について
9月22日(水) 原稿訂正など締め切り、試し刷り一冊発注@2,617円
 10月1(金)~2日(土) 試し刷り受領
 10月3日(日)及び4日(月)10時からシティタワー蕨2階ロビーで執筆者に現物をチェックしていただく
 10月5日(火)10冊また20冊発注
 10月12日(火)~13日(水) 配達受領
 ※冊子の受け渡しは、10月14日(木)と15日(金)と17日(日)の3日間で塾生の方々が都合のつく日で、10時~10時30分で受け渡し(現金引き換え)をシティタワー蕨2階ロビーにて行いますので荒井塾長に受取り日時を連絡願います。担当:先崎さん+荒井塾長
・10月14日 吉田 喜義氏講座開催についてテーマ:・「海外コンサルタント生活タイ、カンボジア編」9月よりZoomホスト担当を持ち回りで行う提案がなされ、操作を含め、開催しています。(高木 輝雄氏担当)    以上

「シニアの風」
(順番制で行います。11月「シニアの風」投稿は 八木 守塾生です)
「パラリンピックの感動」  荒井 貞夫
東京パラリンピックに興奮した日々が終わりました。最初のうちは、障害のレベルによる区分けや競技規則の複雑さなどもあり、戸惑いながらの観戦でした。車椅子や義足を扱う選手の技量や集中力の高さ、サポートスタッフとの連係プレーに、そして競技後の選手のコメントに心を打たれました。8月24日パラリンピックが開幕し、私はいきなり感動を覚えました。女子100m背泳ぎで山田美幸選手が銀メダルを獲得。驚いたのはメダルや記録ではない。身体機能は両腕が無い、足も左右で違う。生まれ持ってきた体をひがむことなく、すねることなく血のにじむような努力と鍛えた強い精神力があったからだろう。子ども達にはこの姿を見せたかった。残念ながら小中学生2000名の観戦予約が直前にキャンセルされたという。教科書としてこれ以上無い優れた教材だったろうに。本人も偉いが、この子を育てた母親は偉い。父親は2年前に病死されたそうだ。どのような逆境にもめげずに、我が子を育て上げた涙ぐましいほどの努力、精神力は学校の教科書で取り上げる価値があるだろう。そして多くのPTAに読んで頂きたい。この子の頑張りを観て、私も日々のほほんと暮らしてはいけないと心を引き締めました。更に、山田美幸選手は9月2日50m背泳ぎ(上から二つ目の重い障害クラス)でも銀メダル。その翌日、3日朝7時半ごろ「NHKおはよう日本」のインタビューで、座右の銘を聞かれて「無欲は怠惰の基である」と語られた。渋澤栄一の言葉だそうだ。年齢なんて関係ない。若い人からも学ぶことはたくさんあると知りました。彼女の笑顔に癒やされ、言葉に感動し、元気を貰い、背筋を伸ばしました。「欲求があるからこそ人間は一生懸命になれる。自分の願いに本気で素直に向かっていきたい」と語られた。私はリタイアした後、怠惰な毎日を過ごしてきましたが、これから彼女の言葉を肝に銘じて行動します。       以上

8月号

・荒井塾長あいさつ
毎年8月に思うこと(米兵の捕虜と大統領の広島訪問)
8月の蕨市広報は「平和特集 あの日を忘れない、いま、伝えたい」と題して、戦争体験者の証言を載せている。その一人、南町2丁目の落合嘉子さん(88歳)の語りに、「米軍機が日本車両蕨工場の土地に落とす食料を拾いに行った」とありました。同じような話は中央一丁目旭町町会の石田公夫さん、野島善蔵さん(故人)からもお聞きしました。何故米軍は蕨工場へ食料を落としたのか。そこに米軍の捕虜がいたからです。
「POW研究会 本土空襲の墜落米軍機と捕虜飛行士」(POW prisoners of war米兵の捕虜)の調査報告によると、「1945年7月東京捕虜収容所第11分所として川口市大字芝に開設。使役企業は日本車両蕨工場・終戦時収容人員100人(米73人、伊27人)。収容中の死者なし」と記録されています。(蕨工場では捕虜を虐待しなかったので、戦後米国から訴追されなかった)。第2次大戦中、約36,000人の連合軍捕虜が日本に連行され、国内130か所の捕虜収容所において過酷な労働を強いられました。そして飢えや病、事故や虐待、さらに友軍の空襲や原爆などによって、終戦までに約3,500名が死亡しました。
76年前、川口にB29が落ちて米兵が犠牲になった。広島では米兵の捕虜が被爆し亡くなった。5年前にオバマ大統領が広島を訪問された。その影には、広島で被爆し死亡した米兵達の記録をまとめた一人の日本人が当時のキャロライン・ケネディ大使に一冊の調査記録を送ったことがきっかけとなった。その人の名は森重明さん(84歳・歴史研究家)。オバマ大統領が献花を終えて、歩み寄り抱きかかえた人、それが森さんでした。
広島、長﨑への原爆投下、敗戦から76年の夏です。私は真夏の東京オリンピック・パラリンピック開催に反対でした。一方で、8月開催は五輪を機会に世界の目が日本に注がれる中で、原爆の日を、核兵器廃絶を願う私たちの思いを伝える絶好の機会だったのではないでしょうか。2016年5月27日オバマ大統領が広島平和記念公演を訪れ、核廃絶への決意を語ってから5年。しかし現実世界では核兵器廃絶は全く進展していません。核を巡る事態はより深刻になっています。8月になるとそのような事を心配していても、8月が過ぎれば何もなかったように、私の心はありふれた日常に戻ってします。    以上

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 8月12日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(新井 邦夫氏本番)テーマ:「シニアの地域活動」
② 8月26日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 
(定例塾会 + 前田 則義氏テスト)テーマ:・「環境にやさしい緑のカーテン」
※ 9月よりZoomホスト担当を持ち回りで行う提案がなされ、操作を含め、開催いたします。以上

「シニアの風」
「自然や先人の知恵に抗ってはいけないと感じる今日この頃」    荒川徳広
最近会員の菊地さんのフェイスブックを良く拝見します。菊地さんは本当に世界中の色んな観光地のみならず特長のある地形というか場所を色々回っていらっしゃいます。確か地図がご専門と聞いておりましたが、地震や水害などの天災、気象関係にもお詳しく、そのバイタリティや凄いものだと何時も感心しながら拝見させていただいております。
一方最近朝の連ドラ「おかえりモネ」にも嵌っております。東北出身の自分にしてみると過去の「あまちゃん」然り、どうも地元ネタには弱い所があります。「おかえりモネ」は多分狙っているのでしょうが、セリフが何時も本当の会話の様に自然体というか、演出も誇張するような所が一切無くてとても良いです。役者の服装や化粧なども自然体で目線が合うというか、実感がわいて、等身大の近所の親戚の話みたいに感じる。今は、「あなたのお陰で助かった。ありがとう。」は麻薬。危ない言葉もいうのに、とても興味津々です。早く続きが見たいものです。本当に取り留めのない雑感で失礼いたしました。一日も早くまた会員皆様と杯を重ねられる日を夢見て。  以上

7月号

荒井塾長あいさつ 
オンライン公開講座Part-2に向けて
7月はいつもならば子供は楽しい夏休み、コロナがなければTokyo 2020オリンピック・パラリンピックで選手の活躍、会場の興奮と感激で沸き立っていたはずなのに、五輪史上初めての無観客開催になってしまいました。ワクチン接種が半年早まっていれば、国内でワクチンが開発されていれば等々今となっては後悔することが多い。対策が遅い政治の責任か、ワクチン開発に着手しなかった役人の不作為か、4回も出されたので非常事態宣言を国民がなんとも感じなくなってしまったからか。解決できなかったのは日本全体の危機管理が甘すぎたからと言えるだろう。良心的な道徳意識の高い日本人が、みんなが約束を守ってきたが、それでも解決できなかった。僅かな隙をコロナに突かれた。残念でならない。
そのような中で、私たち笑楽日塾では、これまで毎月開催してきた塾会をWith Coronaに合わせて転換し「オンライン公開講座」を開催してきました。昨年8月に始まった講座が7月で12の物語が終わりました。これを蕨ケーブルビジョン株式会社が8月13日から30日まで一挙に再放送してくださる事になりました。

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを
開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
Zoomオンライン講座&塾会
① 7月 8日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(栗原 秀人氏本番)テーマ:「下水道の深~い話」
② 7月15日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(新井 邦夫氏テスト)テーマ:「シニアの地域活動」
③ 7月29日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 (定例塾会)テーマ:・「シニアの地域活動」新井邦夫さん講座連携手順確認  以上

「シニアの風」 (順番制で行います。8月「シニアの風」投稿は 荒川 徳広義塾生です)「上半期三題」吉田 喜義
第一題 - 初めての女孫誕生
私たちには、二人の息子がいます、長男のところには二人の男の子がいます。4月26日に次男のところに第一子となる女の子が誕生しました。このコロナ禍の中、無事生まれてきました。お嫁さんにも息子にも感謝です。赤ちゃんの誕生の電話をもらった後、ひそかに「名付け親」の依頼が来るかと名前を考えておりました。結局オーダーはなかったが、命名された名前には、候補に挙げていた名前の一字がありました。その漢字は「菜」です。半分名付け親の気分です。ワクチンの抗体ができる9月頃には、抱っこできることを楽しみにしている。
第二題 - 台湾からの便り
2000年4月から4年間、台湾の台南で台湾版新幹線工事に従事した。当時の庶務担当の劉さん(女性)と今も交流が続いている。工事完了後もたびたび台湾を訪れ、都度会って食事をして旧交を温めている。今年の1月に、日本のコロナ感染者の増大を気にしてくれて、何か欲しいものはないかとメールで聞いてくれた。マスクをはじめ、感染防止対策の備品類には困っていないと伝えたが、後日小包が届いた。中身は、手指の消毒スプレー、不織布カラーマスク、白花油軟膏、「牛肉麺」インスタントラーメン、烏龍茶などであった。その後6月に、日本から贈ったコロナワクチンへの感謝のポスターを添付されたメールが届いた。東日本大震災など日本の災害発生のたびにたくさんの支援を頂いている台湾。互いに支えあう気持ちは大切にしたい。来年は、台湾に行けることを楽しみにしている。
第三題 - 阪神タイガース健闘
小学生の時からプロ野球は、阪神タイガースのファンである。毎年、優勝を願って試合を見ているが今年は春のオープン戦から好調である。シーズン開始前は、韓国プロ野球リーグから左右両打の三冠王と20勝と最多勝利を挙げた右投げピッチャーを獲得して戦力は整い優勝候補とみられていた。しかし、コロナの影響で二人とも一軍に合流できたのは6月になってから。この補強がないのに阪神は開幕から強く交流戦を終わったころには、貯金20となり宿敵巨人にも6ゲーム差をつける状態であった。今は新人連中も疲れが見え始め、2位とのゲーム差も少なくお尻に火が付いた状態だ。しかし、貯金はいまだ15個もあるし、後半戦も粘り切って何とかリーグ優勝、シリーズ優勝を決めてもらいたい。阪神は、最近の優勝はなく今年勝てば16年ぶりとなる。過去の優勝時は、海外勤務でじっくり観戦できていない、1985年吉田監督時はクウェート、2003年星野監督時は台湾、2005年岡田監督時はベトナム赴任中であった。今年こそ、秋に優勝の美酒をゆっくり味わうことを楽しみにしている。 以上

6月号

・荒井塾長あいさつ 
6月になって少し遅れて梅雨入りとなった。外出自粛の世の中でわざわざ出かけなくても近所の公園や庭先などで紫陽花が日々変化しながら美しく輝いているのを眺めて季節を感じている。蕨リンゴも収穫時期になった。蕨市内には1200本のわらびりんごの木が植えられている。わらびりんごサイダーやシャーベットに加工する。
いま、我が家の話題はMLBでの大谷翔平の活躍、全米女子オープンゴルフで優勝した笹生優花の語学力。もう一つある。日本のコロナ対応だ。自治体の対応も区々だ。素早い所もあるが、かなり遅いところも目立つ。今は、国民の多くが「もっと早くワクチン接種が始まれば良かったのに」と思っている。
一番損をしているのは国民である。尾身会長は、「五輪は無観客にしろ」とかなんとか言わず、いま最も必要なのは一刻も早くワクチン接種を進めるように政府に強く進言すべきではないか。あのときこうしておけば良かったとは誰でも言える。「俺があのとき言ったことをやっていれば、こんなことにはならなかった」と胸を張れるような提言をしてほしい。
防衛省が東京、大阪に設置した大規模接種センターは、会社員や学生など都心部に日常的に通う幅広い世代を対象にする方が、効率が良い。大規模接種センターはいま全国に広がっている。群馬県では一日1万人が接種出来るようになった。しかし、接種券を持っていないとダメなのだ。蕨では6月18日になって、希望者には申し出があれば64歳以下でも接種券を発行すると発表した。
しかし、良い方法がある。マイナンバーは全国民が持っている。カードはなくても番号は誰もが持っている。このマイナンバー番号で予約を受け付ければ、空きがあるときに、誰でも接種を受けられる。職場での接種は企業が社員の記録を管理できるので、接種券がなくても接種が認められている。マイナンバーで接種を管理する仕組みを直ぐに取り入れる事を提案したい。マイナンバーを提示すれば、いつでも何処でも空席があれば集団接種会場でワクチンを接種が出来る仕組みをとれるといい。私たち老夫婦は6月15日に2回目のワクチン接種を終えました。いまは、免疫抗体もできて、一安心です。しかし、インド変異株が出てきたので安心は出来ないから、外出自粛・マスク・三密回避・手洗い励行の大原則はこれからも続けるつもりです。

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。

1. Zoomオンライン講座&塾会
① 6月10日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(清藤 孝氏本番)テーマ:「蕨城址 渋川公の話」
② 6月17日(木)19:30~ 栗原 秀人氏Zoomオンライン講座(テスト)テーマ:「下水道の深~い話」
③ 6月24日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 (定例塾会)
テーマ
・オンライン講座Part-2について
・オンライン講座記念特集 第2集の原稿提出のお願い
・「下水道の深―い話」講演への質問について
・下水道センターの見学について
・下水にプラゴミや油を流さない啓蒙活動について
以上

「シニアの風」
「向こう三軒両隣」「遠くの親戚よりも近くの他人」
  新井 邦夫
昭和22年から28年に、NHKにて「向こう三軒両隣」というホームドラマが放送されていました。喜怒哀楽を交えた明るい番組が当時の視聴者に好評だったと聞いております。
現在ではこのような言葉(慣用句)が当てはまる地域、地区は都心に近づくほど少ないのではないかと思います。ところが、姉(81歳)の住む福島県鏡石町へ様子を見に行くと、「向こう三軒両隣」という言葉を強く感じさせられました。
近所の方に限らず誰かが毎日顔を出し、気軽に声かけし、一休みしていきます。
また、野菜や果物が朝早く玄関前に置かれていることもありますが、姉には「誰だれさんからの頂きものだ」とすぐにわかるようです。姉(二年前義兄逝去)が転居して42年、姉夫婦はその地を第二の故郷と申しており近所の方々との親交が、いかに深いものであるのかを行く度に感じております。
昭和17年、蕨町(現・旭町)で誕生した私は、小学生の頃から「向こう三軒両隣」の大人たちに良く声をかけられたものです。また、母親は近所の主婦仲間と息抜きのお茶付き合いをしていたことも度々ありました。そのような光景が脳裏を掠め、姉の日常と重なることで、誰かに見守られているように感じ、何か安心した気持ちにさせられます。
これを思うと「遠くの親戚よりも近くの他人」まさにこの言葉通り近所の方々の声掛けに感謝し頭が下がる思いです。
経済・文化の発展とともに住環境は大きな変化をもたらし、隣近所の方たちと顔を会わすことも少なくなった今の社会、姉を思う度に慣例となっているこの言葉が脳裏を掠め、「近くの他人」という存在のありがたみを思い出させてくれます。
災害時の住人安否確認が話題にのぼるたび、普段から当たり前の挨拶や声掛けに注意せねばと強く思います。式亭三馬作の滑稽本「浮世風呂」(1810年前後)にもこんな言葉があるようです。「向こう三軒両隣の付き合いをしらねへとんちきだ」200年も前の作者に叱られないよう、自分を振り返って見直すことも大切だと反省させられます。     以上

5月号

・荒井塾長あいさつ 
オリパラ開催に思う
オリパラが段々近づいてきた。我々は今、夢のような日本人アスリート達の大活躍を目の当たりにしている。メジャーリーグMLBの球場を狭く感じさせる大谷翔平選手の豪快な一振り。マスターズを制しグリーンジャケットを誇らしげに羽織った松山英樹選手の勇姿。そして日本中が涙した池江璃花子選手の復活劇。コロナウイルスの中で、中止を主張する人が3割もいる中で開催される予定のオリンピック・パラリンピック。そんな世の中を、選手達の不屈の挑戦が放つ光が照らす。その輝きのなんと力強い事か。グランドシニアの私に一番の元気をくれた選手達だ。
4月から5月へ、オリパラ開催まで段々と日数が少なくなってくる。「やめろ」という意見が多いが、最近の私の考えは少し変化している。「変異型ウイルスがでてきたので、日々発表される感染者の多さを見ていると、7月23日開催は難しいような気がしてきた」。
しかし、「中止」には反対だ。中止ではなく10月10日(日)に延期するか、1年延期するのが良いと思う。今ならば決断できる。その決定限界日は5月31日ではないだろうか。IOCは中止すれば一銭も収入がなくなるから、中止よりも延期に傾くのではないだろうか。10月はアメリカで大きなスポーツイベントがあるから、10月開催はダメというのは、オリンピックを利用した金儲けであって、崇高な五輪精神ではない。その日のために頑張っている選手、大歓声の応援に応える選手の活躍、観客の興奮子ども達に味わって欲しい競技場の熱気、10月10日開催または1年延期ならば、それらが全て可能なのである。

いま全国でコロナウイルスへのワクチン接種がようやく始まった。私は5月25日に第1回、6月15日に第2回目の接種を受ける。7月末には大部分のシニアが接種を終えるでしょう。アメリカ、イギリスなど接種先進国では、マスクなしの外出が出来るようになった。

9月末までには接種率が40%を超えるでしょう。集団免疫も期待できる。そうなれば、世界中の選手が安心してオリパラに参加出来るでしょう。オリパラは10月に開催しましょう!

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。詳細議事録は別紙参照願います。
1. Zoomオンライン講座&塾会
① 5月 6日(木)19:30~ Zoomオンライン講座(新井 斉氏テスト)テーマ:「マンションの話」
② 5月13日(木)19:30~ 新井 斉塾生Zoomオンライン講座(本番)テーマ:「マンションの話」
③ 5月20日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 (清藤 孝氏テスト) テーマ:「蕨城主 渋川氏の話」
④ 5月27日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 (定例塾会) ・清藤 孝氏繋ぎ部分テスト
・オンライン公開講座 講演記念特集 第1集受け渡しの件
・オンライン公開講座 講演記念特集 第2集原稿の件

「シニアの風」
「過去・現在・未来そして空想」     内田 茂 

我が家で長年栽培していた蘭が今年は花を咲かせた、10年以上前に「世界ラン展」で購入した蘭である。咲かない年のほうが多いが、それでも時々気が向くと花を着けるようである。蘭には大きく2つの系統がある。原産地は熱帯雨林であるが地上着床種と樹上着床種の2種類である、地上種は水を切らさないようにじゃぶじゃぶと与えるが、樹上種は乾燥に強く水を与えすぎると直ぐに枯れてしまう。我が家の蘭はどうやら樹上種であったようである。ほとんど何の手もかけずに生き続けている。過去からの贈り物と云った感じである。

ここで私の過去を振り返るとする。20代は仕事に邁進していた、30代結婚して子供もできマンションを購入して充実した家庭生活、40代管理職という新しい体験をしていた、50代そろそろ仕事にも先が見えてきたので次の道を見つける、60代リタイア後のことを考えて何をするか考えている間にリタイアしてしまった。40代位からランニング、エアロビクス、ジャズダンス、HipHop、などの運動にのめり込み、特にランニングは年間12本以上各種大会に参加していた。山中湖ロードレース、筑波マラソン、埼玉マラソン、東京マラソン、霞ケ浦マラソン、岩井海岸ランニング、横田基地マラソン・・等々である。
このころは体重が身長のわりには重くてかなり太っていた。それでもある年の埼玉マラソン(42.195Km)では4時間を切ることが出来た。今思えば過去の栄光の日々という気がする。
しかしこのランニング生活にも陰りが見え始めた。ある年の山中湖ロードレースでは後半から足が思うように動かなくなっていった。その後の生活では、足の動きは段々と悪くなり、しだいに練習でも走れなくなった。最初は歳のせいだと思い、整形外科に3~4年通っていたが一向に良くならない。そこで神経内科がある済生会川口総合病院へ行った、2015年のことである。
済生会での診断結果はパーキンソン病という見立てであった。この病は国指定の難病で進行性があり、徐々に体の動きが悪くなっていき、しまいには車椅子、寝たきりになるという。ただ救いは寿命にはあまり影響がなく天寿を全うする人が多いという。原因不明で根本的な治療はなく、今は薬を飲むこと、リハビリを行うことのみである。高齢になるほど発症する確率が高くなり70歳代では約100人に一人の割合で発症する。ただ現在では効果的な薬が多数開発されているので、昔(1980年頃)と比べると格段に治療効果は良くなっている。薬を飲み続ければ日常生活はそれほど支障なく送れている。
全国の患者で組織する全国会で約8000人の会員がいる。各都道府県には支部があり、埼玉県支部もある。私の日常活動としては笑楽日塾の活動とこの全国会埼玉県支部の活動が主である。
今回のコロナ禍では患者会の活動も大きな影響を受け、それ以前は月1回集合して活動していたがそれもできなくなってしまった。しかし幸いにも現役の頃、仕事で使っていたパソコンの知識が役立ち、患者会の活動もリモートで行うようになっている。患者会に入ったのは2018年でまだ、3年しかたっていなくて新入会員であるがITスキルのお陰で支部の副会長に押されてしまった。新入社員がいきなり副社長になったような感じであるが、これも天命と思い引き受けている。このコロナ禍がいつ終るか見通せないが、全人類を巻き込んだこの騒動は未来の歴史ではどのように記されるのだろうか。
ここからは空想であるが、この騒ぎはいわゆる一つの戦争である。これまでの銃、鉄砲、大砲、爆弾、地雷、ミサイル、核兵器、で戦っていた戦争とは異なるがバイオ兵器による戦争である。
この戦争は第1次コロナ大戦として未来の歴史に記されるであろう。この戦争の勝者が何処の国になるか分からないが、明るい未来にはならないと思う。そんなおぞましい未来に生きていたくないと考えてしまう。もっと明るい未来であってほしいと切に願っている。
何年か前に銀座にあった“時の穴”というバーに行ったことがある。そこで不思議なことに出会った。子供の頃、危ない目に合ってあわやという時に知らないおじさんに助けてもらった。そのおじさんがバーをやっていた。ことは60年以上前なのでその知らないおじさんが生きているはずがない。しかしおじさんは昔のままの姿で存在していた。話を聞くと“自分は時渡りの一族である”という。過去から未来へ時を渡ることの出来る一族らしかった。今行っても“時の穴”は影も形も無く、ただ古いレンガ塀があるだけです。未来でもう一度おじさんに会ってみたいと思っている。「自分に未来があれば」ですけど。

4月号

・荒井塾長あいさつ
「聖火が街にやってくる」
3月22日に2ヶ月半に亘った非常事態宣言が解除された。非常事態が解除されても新規感染者は減少傾向が見られず、経済活動維持と感染防止の両立をはからねばならい政府は苦しい立場に置かれている。私はこれからも3密回避、ステイホームを守って、辛抱すれば、ワクチン接種が広がって、2学期からは子ども達もマスクせずに登校できるようになるだろうと期待している。みんなが我慢するしかない。東京都内の飲食店経営会社が営業時間短縮命令に対して裁判に持ち込んだ。自分のことしか考えていないトランプのような経営者がいることに違和感を覚えた。


こんなちぐはぐな世の中に、明るいニュースは、3月25日オリンピック聖火リレーが福島からスタートした。この全国規模のイベントで聖火ランナーに予定されていた何人かがランナーを辞退した。その理由が分かりにくい。また、大会ボランティアを辞退する人が続出した。森会長の女性蔑視発言に抗議の意志を示したと言うことだが、それは間違っている。崇高なボランティア精神と女性蔑視発言を結びつけるのはおかしい。私はいくつものボランティアをしているが、仮に市長が同じような発言をしても、私はボランティアを続ける。埼玉県のオリンピック・パラリンピックのボランティアもしているが、幹部が規範に悖るような発言をしても、私のボランティア精神は変わらない。

これから121日間かけて全国859の市区町村を巡り、7月23日に国立競技場の開会式に聖火を届ける。毎日の聖火リレーがあちこちから明るい話題を伝えてくれることを期待している。3月25日出発式のトップは蕨出身のなでしこジャパン佐々木則夫元監督だった。いいね!
蕨へは7月6日に聖火が来ます!開催100日前の、4月12日NHK世論調査、13日朝日新聞世論調査では約30%の人が「中止すべき」という気になる結果が出ている。しかし、私は開催すべきと思う。「選手は最高潮に向けて一生を懸けて練習してきた。観客を制限し、私たちはテレビで観戦しましよう」 (2021年4月14日原稿)。


「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座など開催しました。また、笑楽日塾令和2年度総会をオンラインで開催致しました。詳細議事録は別紙参照願います。
Zoomオンライン講座&塾会
① 4月 8日(水)19:30~ Zoomオンライン講座(荒川 徳広氏本番)
テーマ:「ビールの話」
② 4月15日(木)19:30~ 新井 斉塾生Zoomオンライン講座(公開テスト)
蕨ケーブルビジョン(株)青木さんからのテレビ提案への相談-1
③ 4月22日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会
令和2年度総会PDF資料配布済。蕨ケーブルビジョン(株) 青木さん提案への対応案-2

 


「シニアの風」
「落語に学ぶ江戸のリサイクル」      星 広行 
古典落語の中には今でも多くの噺家が演じる「らくだ」や五代目古今亭志ん生が得意とした「井戸の茶碗」等、屑屋さんが重要な役割を担って登場するものがあります。らくだの中には「人の良い屑屋の久六」井戸の茶碗では「屑屋で正直者の清兵衛」。屑屋さんは町内の事情に詳しく、周囲の人たちに信頼されていたことがよく分かります。江戸の町では紙屑や金物屑、生ごみから落ち葉に至るまで様々な屑が拾い集められ、分別した後に専門業者が引き取って再生・再利用していたとのこと。おかげで江戸はごみの落ちていないきれいな町だったそうです。紙屑を例にとると、集められた後に浅草寺近くの紙漉町で漉き返し、浅草紙と呼ばれる再生紙として江戸の名産品になった。紙のリサイクルを始めたのは日本人で、その歴史は平安時代からという説もある。江戸時代になってその伝統の花が開いたものか。今を生きる私達も「物を大切に使う」という伝統を絶やさないように努力したいもの。粘り強く持続可能な行動が重要です。   以上

 

 





3月号

・荒井塾長あいさつ
「1995年3月の命拾い」
1995年は、1月17日に阪神淡路大震災があった。同じ年の3月の出来事を私は忘れられない。その朝、私は1時間の差で命拾いをした。九死に一生と言う言葉があります。滅多に経験しない事と思います。

その日私は、朝6時にルネ蕨から日の丸タクシーに乗って箱崎エアーターミナルへ向かった。長期のインドネシア出張だった。戸田橋を過ぎると大渋滞でのろのろとして進まない。これではジャカルタ行きのJAL便に乗り遅れると心細くなってきた。中山道17号線と平行して都営三田線が走っていた。蓮根駅に近づいた時に、運転手に蓮根駅へ行くように頼んだ。

このとき私はトランク、アルミの大きなビジネスケース、それにゴルフバッグを担いでいた。運転手が三田線のホームまで荷物を担ぎあげてくれた。大手町で丸ノ内線に乗り換えて霞ヶ関駅へ。この駅の地上への階段は狭い。トランクをホームに置いて、まずゴルフバッグを地上まで担ぎ上げ、ホームに戻って、トランクを地上へ。霞ヶ関から箱崎までタクシーでたどり着き、リムジンバスに乗った。その頃は箱崎でJALのチェックインが出来たので、飛行機には間違いなく乗れることになって安心した。

その夜一泊したジャカルタのホテルで大事件を観た。26年前の1995年3月20日朝、私が霞ヶ関駅を出てから約1時間後に、地下鉄サリン事件が起きた。あの日、若しも、あの事件が1時間早かったら、私は事件に巻き込まれていた。強烈な孤独感に襲われたとき、言い知れぬ鬱屈を感じたとき、人間は悪魔に手を引かれてしまうのだろう。オウム真理教も、そういう思い詰めた若者を罠に陥れた。信者達は教祖の妄念に心を奪われてサリンを撒いた。その後、21世紀に入り、インドネシアでもバリ島、ジャカルタ、ソロなどで自爆テロ事件がいくつも発生した。 インドネシアでテロに導かれる若者は少し違う。日本では裕福で有名大学の人たちがオウムに入ってしまった。ところがインドネシアでは、貧しい農村の若者がイスラム過激派のテロに狙われる。
その手口は、過激派が農村の恵まれない若者に近づいて、言葉巧みに仲間に引き込み、本人が、気がついたときは抜けられないように仕向け、自爆テロを敢行させる。インドネシアの農村の次男、三男は村に残っていても仕事がない。勇気のある者は都会に出て働く。しかし、優秀な若者にも良い仕事は見つからず、また田舎へ戻ってくる。過激派組織はそういう若者を誘い込みテロに仕立てる。

ジャカルタで一泊して、翌朝ジャカルタからソロ空港へ。ソロから目的地マディウンまで車で3時間。翌日から仕事(ディーゼルカー64両のリハビリテーションプロジェクト。完成までに3年かかった)。休日はホテルから車で10分の所にある空軍基地の隣のゴルフ場でリラックスし、気分転換。それから4年後にはこのマディウンという町で2007年まで8年間暮らした。

あの日、1時間の違いで私は今も元気だ。その後も大きな運に恵まれた。インドネシアでのビジネスも、18才から50年間勤務した会社を退職した後も、マレーシア、エジプトなどの仕事で多くの人に助けられた。いい人に恵まれたと感謝している。

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。また、笑楽日塾記念誌第3号が完成し、皆さんに配布致しました。
※ 詳細議事録は別紙参照願います。
1.Zoomオンライン講座&塾会
① 3月 4日(水)19:30~ Zoomオンライン講座(内田氏公開テスト)
② 3月11日(木)20:00~ 菊地 塾生Zoomオンライン講座(本番)第6回内田氏講演「個人情報について」 
③ 3月25日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 
④ 3月27日(土)10:00~ Zoomオンライン講座(荒川氏公開テスト)
2.笑楽日塾記念冊子3号配布(@2,000円)しました。
① 3月18日(木)八木さん、先崎さん、新井邦夫さん、内田さん、清藤さん、菊地さん、南さん、荒井塾長
② 3月20日(日)高木さん、星さん、吉田さん、荒川さん、新井 斉さん 以上

「シニアの風」
「ストレス発散、やはりカラオケ?」   高木 輝雄 
 中学入学1年生、当時3年生の声楽部部長が美人でしたので、迷わず入部、どきどきしながら歌ったこと思い出します。お遊びで音楽の先生から、なんでも良いので唄えと言われて全員の前で唄った曲が北島三郎「涙船」でした。

NHK「夢で逢いましょう」番組内で、サブちゃんが唄っていたのを克明に覚えております。栃木県鬼怒川沿いの釣り宿、友人が経営しています。1泊で楽しい時間を過ごしていました。2年前まではですが。

地粉の手打ちそば、鮎の塩焼き。自家製味噌、梅干し、漬物程度しかありません。贅沢言えば地元酒蔵、松井酒造店の銘酒「男の友情」があれば言う事なし。

この地域のそばは菜切り包丁で切る、「裁ちそば」ですが、粉が上等で美味しい美味しい!包丁も切れる(当社製)のでなおさらです。 以前は気にもしなかったのですが、広間には DAMカラオケが据えてありました。聞けば最近は歌う人も少なくなり、返却をすべく問い合わせたところ、全てのお支払いは済んでおりますので、ご安心を言われたそうです。そう言えば月に2~3回、食事に来ていただいき、マイク片手にお弟子さんと軽く歌った、そうあの日本を代表する大作曲家・船村徹先生の仕業(笑)でした。
この地域の地名は栃木県塩谷郡塩谷町(旧船生村)(ふにゅうと読みます)。船村先生、生まれ故郷です。
作詞家の心を読み、曲を付ける。数々のヒット曲を、作詞家、星野哲郎先生とのコンビで作り上げてきました。 その中の一曲、北島三郎の「涙船」、船村先生は星野先生があきれるくらい、サブちゃんの歌いだしにダメ出ししたそうです。 歌を上手く唄うのには詩の意味を理解して、しっかり言葉を発する事が重要とはまだまだ理解不足ですが、コロナが収束したら、思い切り唄いたいなどと考えております。

2月号

・荒井塾長あいさつ
一雨毎にかすかに春の近づきを感じていましたところ、1月の定例塾会を開催した1月28日は午後いきなり大雪。近くのマンションの屋根が真っ白でした。その前日、27日の国会で菅総理大臣が立民・蓮舫代表代行にいじめとも取れるような質問を受けていましたが、誰がやっても結果は同じだと多くの国民が感じているでしょう。

この災難は、全世界の人々に降りかかっているもので、菅総理を責めても、自分で良い代案を提示できなければ、野党の価値は薄れてしまいます。攻撃は誰にでも簡単にできます。国民がうなるような質問を、きつい言葉でなく、穏やかに丁寧にしていただきたいと思いました。

後手後手と批判しても何も良くならない。どうしたら感染者、重症者や死に至る人を減らせるのか、良い案を提案すべきと思います。批判する事は誰にでも出来ます。与野党の垣根を越え、新型コロナの収束に向け一緒にやっていくことが大切なのではないか。毎日報じられる新型コロナ騒動をみていると、与野党共に、決定的な人物はいないような気がします。
さて、今月のお話は、我が家であった実際の出来事です。地元の電気店とヤマダ、ノジマ、ヨドバシなど家電大手量販電気店とどちらが良いのだろうか。令和2年が終わる頃、我が家のテレビがおかしいと気づいた。最初、音声が出るが画面が映らない。リモコンの電源を入れたり消したり何回か繰り返してみて、やっといつもの画面が現れた。4~5日経って、また同じような現象が起きた。女房は「おかしいね」という。リモコンで電源を押すときにどこか余計なボタンを押してしまったか?と思ったが、そんな訳はない。
オダジマ電気へ電話。「テレビが映らない。調べてみて」早速、サービスマンらしき人が来たが、その時は正常に映っているので、その人も分からない。「このテレビは5年補償が付いています。若しも、修理不可能ならば取替えます」。何時買ったのかも忘れてしまったが、「まだ4年半しか経っていないので修理代は無料です」と。これを聞いた女房は、「それじゃ8Kテレビと取替えてもらえるかも」と虫の良いことを言う。
それからまた4~5日して映らなくなった。音声だけ聞こえる。オダジマへ電話した。今度は修理会社から電話がかかってきた。「どのような状況ですか?」、「時々映らないんだよ」、「それじゃ今度同じ現象が起きたときにスマホで画像を撮って送って下さい」、「画像を撮ってと言われても真っ暗な画像を撮っても意味ないよ」。それから暮れの25日、今度は完全に映らなくなった。
仕方なく、隣の女房の部屋のテレビをリビングへ運んだ。オダジマへ電話した。直ぐにサービス会社から「明日調べに行きます」と。12月26日に二人やってきた。テレビの裏側の回路基板を取り外して調べていたが、回復せず。いったん部屋から出て行った二人が大きな段ボール箱を運んできた。それを開けると55インチの液晶パネルが現れた。二人は取り外してあった回路基板を新しいパネルの裏側に取り付けた。組み立て完了後、電源を入れると元通り映った。原因はパネルの寿命だった。
帰るときにサービスマンがオダジマへ電話していた。「パネル代金95,000円+修理費15,000円+出張料10,000円は保証期間(2021年6月2日まで)以内だったので東芝映像ソリューション株式会社が負担します」こうして我が家では年末にテレビで困らなくて済んだ。このような地元の電気屋も頼りになる。オダジマは昨年、10年経ったエアコンの掃除もしてくれた。これが大手の家電量販店だったら、どのように対応してくれたろうか。電話しても店員はこちらが誰だか面識もないから、マニュアル通りのやりとりで終わってしまうのではないだろうか。
10年ほど昔、東芝のパソコンが壊れた。秋葉原の東芝直属の修理サービスショップへパソコンを持参した。そんなことが3回もあった。4回目の時は保証期間も過ぎていた。回路基板を取替えて3万円ぐらい払った記憶がある。
20年前ぐらいに、地元ではなく川口の量販店(コジマ?)からエアコンを買った。取り付けは下請けの業者がやったが、これが下手くそで、2回もやり直してもらったいやな経験があった。これがイヤで地元の電気屋に変えた。皆さんはどちらを使いますか。

「報告事項」
今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催しました。
※ 詳細議事録は別紙参照願います。
Zoomオンライン講座&塾会
①  2月 4日(水)19:30~ Zoomオンライン講座(公開テスト)
②  2月11日(木)20:00~ 菊地 塾生Zoomオンライン講座(本番)第7回「蕨と土地」 
③ 2月25日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会


シニアの風
「雪に想う」 清藤 孝
令和3年は、日本海地方では例年より雪が多いというニュースが報道されているようです。目新しいものでは関越自動車道や北陸道の豪雪による自動車の立往生です。雪の威力をまざまざと見せられたという気がします。今でも記憶に残っているのは、小説や映画にも取り上げられた「八甲田雪中遭難事件」です。すぐ近くは有名な酸ヶ湯温泉で、夏山に登れば穏やかな丘陵となっているようですが、自然の猛威の物語として、現在にも語り継がれています。
また、たまたま、中年時代に春・夏の登山経験があり、熊除けの鈴を腰につけ昇り降りしたものです。この時、よく出合うのが山鹿でした。この子たちが雪の季節にはどのような暮らしをしているのだろうか?少し気になった想いがあります。これを見れば人間は贅沢だとの思いにさせられました。
雪の話題が少ない首都圏でも、2月ごろになれば、降雪の日が二回くらい見舞うようで、その時の天気予報やニュース報道と交通機関の慌ただしさは、雪国から見たらいかがなものだろうか?
世界的歌手アダモの「雪が降る」のようにロマンチックな情景を醸しだす雪もあれば、冬季スポーツの一喜一憂を与える楽しみな雪、自然の猛威を遺憾なく剝き出しにする雪もあり、その千変万化の姿は話題には事欠かない自然の宝物と思っています。


この写真は、2018年5月11日の日経新聞に掲載されたものという。「富士山に春告げる『農鳥』8号目山肌に出現」の記事です。記事の内容は:富士山8合目付近の山肌に、春の訪れを告げる「農鳥」が出現した。残雪が頭を上にして飛んでいく鳥のように見え、地元では古くから田植えや農作業を始める時期の目安とされるという。
「農鳥」は、富士山の歴史を紹介した江戸時代後期の書物「隔掻録(かくそうろく)」にも記述があり、例年は4月下旬~5月中旬に現れる。晴れの日が続けば、1週間ほどで消えてしまうという。 (日経記事)
富士山の伏流水を水源とする湧水の「忍野八海」は余りにも有名で、数十年前訪れた時には、富士山とのコントラストに絶句するような日本の原風景そのもののような感動に浸った想いがあります。また、この時の説明では、「富士山の雪が100年後にこの忍野八海に湧水となってやってくる!」でした。その時は、物事の一つの例えでしょうが、上手く言いますね!でした。
一昨年、久しぶりに忍野八海を訪ねてみました。ビックリしました。もう往時の日本の原風景の面影は限りなく薄く、変わらないのは「富士の霊峰」と「湧水」だけのように感じました。
また「豪雪の年は豊作だ!」とも聞かされます。日本の農業の基盤は、まだ、「お米」と思っていますが、この米の栽培には「水」が命です。雪によって貯蔵された深山から栄養たっぷりの清水が、水稲を育みます。豪雪による雪害に気をもみながら、この占いのような「豪雪=豊作」が当たって欲しいです。
それから、生活圏に供給する水道水においても、雪の少ない年には、水道事業には心配のもととなり、供給が深刻化することも間々あるようです。雪の他に台風もダムの貯水には欠かせないようですが、令和2年度は台風の上陸がないので、今年の雪は豪雪地帯は大変でしょうが、首都圏には少しの恵みになるのではないでしょうか。
下のイラストは、「雪の結晶」です。きれいですね!零下の気温により多様に変化すると言いますが、世界で初めて人工雪を作ることに成功した、元北海道大学教授の中谷宇吉郎博士の「雪は天から送られた手紙である」も崇高な研究者ならではの言霊(ことだま)のようで、シンシンと音もなく降りてくる雪に想いを馳せる者です。

1月号

・荒井塾長あいさつ
塾生の皆様、明けましておめでとうございます。
コロナは今年も暴れるのか
昨年はコロナに振り回された一年でした。今年はどんな年になるのでしょうか。
昨年12月16日から、曜日毎の新型コロナウイルス感染者が年末まで毎日連続で、カコサイタと表示されました。「勝負の3週間」のかけ声も空しく、感染者が減少に転じていませんでした。12月24日東京都では888名、全国では3,740名が感染しました。このカコサイタ記録に驚いていたら一週間後の31日には東京都で1,337人、全国で4,515人、更にびっくりしたのは蕨市で192人、31日だけで15人も感染した。埼玉県ではさいたま市、戸田市、川口市に次いで4番目の多さだった。
誰が悪いのか。どうして減らないのか。政策が、対策が甘すぎるからなのか。台湾のように完全に封じ込めるには、高額の罰金制度を国民に課すのも一つの方法かもしれません。Go to x x xは失敗ではないのか。フランスやイギリスのように都市封鎖されると困りますが、約束を固く守る日本人の真面目な国民性に期待するだけでは、感染者が減少しない。どうすれば良いか。
いま、感染者が人々の予想を遙かに超えて激増しているのは、「発症しない感染者が増えているからではないか」。この隠れ感染者は、熱も咳もないから自分でも気がつかず普通の生活をしている。それで周りの人は安心してその人に接触して感染してしまう。このため、感染した人は感染源が分からない。
私は感染が怖いから、移動、接触を極力減らすようにしています。しかし、家の中でじっとしていると体に良くないから、毎朝5時45分に家を出て、歩いて10分のゴルフ練習場へ行く。ここで1時間あまり体を動かして帰宅。午後は15時に出て近所のスポーツクラブへ行き、18時に帰宅。スポーツクラブでは感染しないように最新の注意を払っています。着替えは自宅で済ませてロッカールームの滞在時間も少なくしています。感染が怖いからスポーツクラブを休会する人が多く、いつもがら空きだ。これじゃ潰れるのではないかと気になってしまう。好きなゴルフに月に1~2回行きます。昨年は20回、2019年は11回だった。
お正月には兄弟姉妹10人が実家に集まって挨拶するのが通例でしたが、今年は自粛して、兄弟で申し合わせて帰省せず、蕨で静かにしていました。和楽備神社への初詣は元日5時に起きて身支度して出かけました。初詣の人はまばらでした。
 昨年3月頃からこんな不自由な日常が続いてきた訳ですが、これからもいつまで続くのか、今年もコロナが暴れまくるのか不安な気分です。
オンライン公開講座に救われた
しかし、昨年8月から始まったオンライン公開講座で毎週塾生と画面でお会いできて、コロナウイルスによるストレスや不安を打ち消してくれました。この仕組みを考えてくれた内田さんに感謝すると共に、昨年8月から今年1月までで6回の素晴らしい講座を担当して下さった塾生の皆様に厚く御礼申し上げます。講師になった人は、誰もが講座を終えるまではかなり多くの時間を費やされたのでないでしょうか。私の場合は、練習に練習を重ねて迎えた本番当日も開始時間が迫ると緊張してしまいました。内田さんが「ハイ!本番30秒前、15秒前、10秒前・・・・」とカウントされると緊張が最高潮に達しました。確りと話せたかな?と不安でしたが、後日、蕨ケーブルビジョン株式会社のウインクパラダイスで放送されると、それを家族で観て、「やって良かった」と大いに自己満足しました。
 オンライン講座は2021年1月14日で6回が終わります。7月で12本目の講座が終わりますが、その後もPart Ⅱとして企画したいと思います。その頃はワクチンも届いて、オリンピック・パラリンピックを迎えて世界中から集まった超一流の選手の活躍にワクワクしているでしょう。
しかし、昨年12月に英国で発生した感染力の強い変異種が瞬く間に世界中に広がり、余談を許しません。不安はつきませんが、オンラインのお陰で毎週皆様の笑顔に会って、この長い自粛生活を乗り切っていきたいと思います。
展望2021
コロナに沈んでいるだけでは景気が良くなりません。
今年の経済界の展望記事では、12月30日の大納会でバブル崩壊後、30年ぶりの高値(27,444円)をつけた株価がどのような動きをするのか企業のトップ20人が予測しています(12月30日現在)。
信越化学工業会長/金川千尋氏  1~3月に23,000円、10~12月に30,000円
日本電産社長/関 潤氏     1月に26,000円、12月に31,000円
サントリーHD社長/新浪剛史氏 2月に24,000、10月に32,000円
日経平均の高値は28,000円以上という見方で一致しています。3万円以上との回答も20%いました。安値は24,000前後が多い。新型コロナウイルスのワクチン普及で経済の正常化が進み、今年後半にかけて好調な相場展開を予想されています。
 笑楽日塾の2021については、これから塾生の皆様と相談して、塾での活動がシニアの生き甲斐の見本になるように考えていきたいと存じます。      以上

「報告事項」今月も内田塾生からの呼びかけで笑楽日塾ZOOM塾会、オンライン講座などを開催します。※ 詳細議事録は別紙参照願います。
Zoomオンライン講座&塾会
①  1月 6日(水)19:30~ Zoomオンライン講座(公開テスト)
②  1月 7日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会(本番前テスト)
③  1月14日(木)20:00~ 南 塾生Zoomオンライン講座(本番) 第6回「電動機と製鉄」
④  1月21日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会 
⑤  1月28日(木)19:30~ Zoomオンライン塾会  以上

シニアの風
「昨年1月からの参加です」南 英倫(エイスケ)
昨年1月から参加の南です。1月・2月の塾会に出席し、入会を喜んでいましたが、新型バイラスで3月以降が吹き飛び悔しい思いでした。な~んにもする事がなく、ただ呑んでる怠惰な生活の末に、頭に穴頭に穴を開ける手術を受けてしまった、とん馬な爺です。去年の1月は幾つかのOB会に参加でき、ツインリンクから狭山市役所に来たギンサーのホンダRA272で興奮し、キヤノンvs 三菱重工戦の応援など、そこそこ活動できたと思います。2月15日熊谷のキヤノンvsホンダ戦はキヤノン敗北。4月の東芝戦中止で秩父宮にも行けず、それ以来9月2日まで電車での外出を我慢。

そんな中で3月中旬、キッチン手元灯のガラ蛍光灯をLED照明に交換してみたら、配線ルートを器具に合わせ改造せざるを得ず、ありゃまぁ。でも乗ってきて、寝室もLED照明に交換したら家内におだてられ 居間と娘の部屋も交換し、なんだか充実したちょっと電氣屋気分。

5月からは笑楽日塾でのリモート会議が始まり、家族以外の会話が嬉しかったです。手持ちのPCにはグラフィックアクセラレータが無くバーチャル背景が使えず寂しくなり、緑の幕を100均で手作りしたら画面が綺麗になって自己満足。塾長の記事を見て6月初めの暑い日、日本車両蕨工場跡にできた「新幹線電車」発祥の地記念碑を眺めて、学校帰りの車窓からアイボリーホワイトにブルーラインのお洒落な車体をわくわく見ていた6年生だった頃、「こだま」より速いから「ひかり」だよなと、友人達と話したことを思い出しました。

飲み会謹慎、散歩ばかりで退屈し、自分勝手なフラストレーション解消と称して毎晩深酒。ビール500缶から始まり日本酒4~5合を毎晩続けるのは単なる依存症ですね。ついに7月24日(金)夜 深酔し二階から階段を滑落、右肩を強打し右目脇を裂傷。整形外科のドクターから、老齢で酒飲みは一ヶ月ほど後に頭の内出血の危険があるからと脳神経外科受診を強く勧められ、
月曜日にCT検査を受けましたが、内出血は観察されず一安心。8月31日に一ヶ月後のCT検査をして脳神経外科の診療室前で待っていると看護師さんが来て、気分が悪くないか? ふらつかないか? 頭痛は無いか?と次々に問われたけれど、何のこっちゃ? 診療でCT画像を提示され右側に内出血があり脳を圧迫している様子を説明され、やっと気づくとん馬さ。自覚症状が無いようなので、先ずは二週間漢方薬を飲み内出血の吸収の兆しがなければ手術と言われションボリ。
<外傷性慢性硬膜下血腫>9月02日にセカンドオピニオンをと宇都宮の知人を訪ねたのが半年ぶりの電車でした。CT画像から かなり脳が圧迫されている状態なので早めの手術を推されました。その場で大宮の自治医大病院に電話で金曜日の手術を仮予約してもらいましたが、あー 俺手術するんだとボンヤリしていました。
9月04日(金)朝 病院で診察と手術の再確認に同意し、病床の確保と新型肺炎のチェックをパスしたら、点滴が始まり、18時には手術が終わって、嵐に巻き込まれた一日でした。病室に戻ったとき見た家内の消耗しきった顔は一生忘れないでしょう。
土曜日 朝一、初の車椅子に乗りCT検査室へ。ガラーンとした病院も初めてドクターの診察の後、ドレインチューブを外してもらい、立ち上がることが出来ました。昼食をもらって 空腹に気付くなんて・・・初めて点滴のスタンドを押しながら歩いて、これって本当に俺?
日曜日昼前ドクターから洗髪OK、
火曜日に退院しましょうと言われビックリ。シャワーしたら指先にゴリゴリ当たるので、鏡で見たら頭にホッチキス!手術の最後にカシャカシャって音を聞いたなぁ、 テレビで見たドクターXと同じだ。
月曜日 夕方家内が来て、俺がときおり廊下を徘徊してると看護師さんから聞いたって。
火曜日 朝9時過ぎには本当に退院、4泊で追い出されるなんて。 バスで大宮駅へ。退院したらカツ丼食べようと目論んでいたけど、昼には早すぎました。残念。金曜日病院に行きCT検査のあとリムーバで抜糸。本当にホッチキスの針!  8個も刺してあった。記念に一つお願いしたけど、あっさり却下!
10月07日術後一ヶ月の検査は良好で再発することは無いだろうと (^^)vそれはもう祝杯!!!  後夜祭・後後夜祭と続き、止まりません。
11月18日 ドクターから経過が良好なのでクローズしようかと言われましたが寂しくなり、1月もダメ押し観察をお願いしてしまいました。 
(^^♪昨年の取組みとして、個人の社会的責任がどんな状況になっているのかを見つめ直すことから始めるつもりでしたが、禍と嵐に流されました。 今年は実現できるよう、定期的に思い出すことから始めます。   以上